2012年2月23日 (木)

会えたらいいね・・(579)  久しぶりの通院

冬至からは 日毎 畳の目ほど陽が延びる・・・という。
もう60日あまり・・・と日数にかけてみる。

どの位延びたかは解らないけれど 障子越しの日差しは確実に強くなっている。 
3月の気温だと天気予報は 言っていた。

ご無沙汰していた通院が気が気ではなかったが ベッドに張り付くように言われているので 薬だけ取りに行ってもらっていた。
保健所へ提出書類の期限が来ているので 許可をもらって昨日日本橋のクリニックまで出かけた。

「空いている時間帯にしてくださいね」 という指示のもとに 慎重に出かけたが 歩くのも心許ないうえ 電車の乗り降りは 体を曲げる事が出来ないので足元が見えず 慎重に慎重を重ね 本当に心身ともに高齢者気分だ。

暮れから見たかった映画がまだ上映されていたので 内緒で帰りには銀座まで出る予定でいたのに とんでもないことで 青空に久々の都心のビルを見上げるのも眩しく 疲れた。

入院している間は 一日1300カロリーの食事はついたが 退院してからは買い物も儘ならず 家人の買ってくるパンやとりあえず空腹を満たすもので 体重ばかり増えて参っていた。

思いがけず早めに診察が終わったので 友人を呼び出して食事に付き合ってもらおうと思ったが 携帯がない!

「重いものは持たないように、重さで潰れますからね!」 と言われている事も思いだして 出がけにバッグを変えた時に カメラと携帯を入れ替えてしまったらしい。
携帯が無いと連絡の術もなく うろ覚えの友人の自宅へかけてみたら 運よく在宅で 出てきてくれた。

ところが いざ食事・・・となると 食べたいものは無いのだ。
極秘入院(笑)で誰にも連絡しなかったので とにかく人恋しくておしゃべりがご馳走だった。

「どうして知らせてくれなかったの? 食事を作りに行ったのに・・・」 
と叱られたが いくら旧知の仲と言えども 重病人ではないのだから そこまでお願いは出来ない。
「ワタミの宅配を・・・とも思ったけれど 申し込み日や開始日の日程を考えているうちに 今日になってしまったの、まもなく起きられるから大丈夫!」

結局 二人は 「家族は 当てにされても当てにならない」 という事で一致。

帰宅者で電車が混む前に 別れた。
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わが駅を降りると 2ヶ月ぶりに見る夕闇の灯りが懐かしく目にしみた。

帰り道のスーパーへ寄って お惣菜を見ていたら ホーレンソウの胡麻和えが食べたくなり 手っ取り早い冷凍ホーレンソウを初めて買ってみた。
思ったより歯応えもあって 胡麻を炒ってすり鉢で摺っていると いままで毎日億劫だった料理も 自分の味で食べられる事が嬉しかった。

ついでに買った冷凍かぼちゃで スープを作る。
わが家は 皮まで使うので鮮やかな黄色にはならないが栄養だけはたっぷり。
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自由に外出できるまで もうちょっとの辛抱。
あちこちの美術館や催事が 呼んでいる。

寒さ知らずの なが~~い冬だったけれど・・・・。  

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2011年9月13日 (火)

会えたらいいね・・(545)  中秋の名月  

「中秋の名月」 は 今年は9月12日とか・・・。

一日早い11日 急に思い立って 久しぶりに夕方から散歩に出かけた。

稲荷山公園へ行くはずが どういうわけか道を間違えて彩の森公園へ・・。
いよいよ 始まったかな~~と 車の中で苦笑いをしながら 「この時間ならこっちの方が安全」 とひとり言い訳を考えている。

こんな時間から歩き始めた事はないし 暫く歩いてないので 歩き始めはぎこちなく 付け根が痛い。
「ここも関節が崩れ始めたかな~~」 と 気にはなったが どうやら油切れらしく 順調な足運びになってきて ほっとする。
白駒池以来 自信がなくなって不安が募る。

陽が落ち始めた芝生では 少年達がサッカーやバスケットに興じ 健全な遊びに汗を流す姿に嬉しくなってくる。
だいぶ前にカメラを向けたら 「撮らないでくださーい!」 と言われてしまったので 遠くからシャッターを押す。
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一周した頃には かなり陽が落ちて暗くなり 街頭に灯り点り始め 「駐車場は7;00で閉まります」 とアナウンス。
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もう一周回れるかな・・、と歩き始めたが 人も少なくなり 安全な公園と言えども心細く 引き戻ったが 時計を見たら6;20分で 「なーんだ もう一周しても 閉められない」 と早足で歩いた。

歩数計は 5000歩に満たない。
目標は 6000歩だけれど まあ、この辺で 一人 お月見でもしようかと 車に戻った。

旧暦の8月15日が明日にあたるとか・・・・、今日でも十分満月だった。

8月15日と書いて 「なかあき」 さんと読む(読ませる?) 苗字があるそうで 「中秋」 だって 「仲秋」 ではないというから 頭が混乱してくる。

公園の時計は6:30分を回って あたり暗くなり人影も疎らで心細くなって 引き上げた。
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いつも思う。
「 もう 、無理が効く歳ではないんだから・・・・」と 今日も 反省!! 

そうだった、 届けを間違えていて 明日になっているけれど 今日は 父の本当の命日。

好物の鮪の握りを 買って帰ろう・・・・。
自分が危ない歳になっているのに いつまで経っても 親が恋しい。
両親の歳に日々近づいて やっと年老いていた親の気持ちが痛いほど胸にささり 労われなかった親不幸を詫びている。

「元気?」 の電話一本無い子供たちも  こん気持ちをいつか抱くのだろう・・・と

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2011年7月21日 (木)

会えたらいいね・・(531)  便りが無いのは・・・。

暑さ続きで すっかり調子が狂ってあちこち腫れだしているのに 今日はまた涼しすぎで  体調管理が難しい。

マイルームだけは 長年エアコンなしの生活で慣れているので 自宅に籠もっている限り 適度に汗をかいてはシャワー、扇風機と首にアイスノンで 耐えているが 長年の持病がそれに耐えられなくなったらしく 変形して落ち着いているところまでが 再び動き始めた。

そんなわけで 散歩にも出ず だらしない毎日の繰り返しで 暇をもてあまして居る。

手っ取り早い時間つぶしは 友人との長電話。

3月末に 「銅版の展覧会の予定が 節電で会場が借りられなくて中止になりました」 という連絡を友人からもらっていた。
その後 風子の展覧会の案内を出したが 音沙汰無く とうとう来てもらえなかったので 電話するのもいやみになるかな・・・?と 3ヶ月過ぎてしまった。

中学の同級で いつも愚痴を言い合っているが 亡き両親とも知っていて 何かと心強いおせっかいおばさんなのだ。

電話を入れたら ご主人が出て 「お墓参りに行ってます」 という。
彼女の実家はお寺なので またお施餓鬼の手伝い・・・・?と 思っていた。

帰宅した彼女から電話が入り いつもの軽口・・と思いきや 妙に神妙な語り口で 「次男が死んじゃってね・・・・・、月命日なのでお墓参りよー!」 という。

兄弟姉妹多い彼女なので 「誰の次男? あなたも付き合い多くて大変ねー、きちんとお付き合いして偉いわね・・・」 と言ったら 「家のYU次。家の息子よ!」 
「まさかぁ・・・、あの? 」 信じられなかった。

勤務先で お昼休みに腰掛けて一休みしたまま動かなくなっていたそうで
警察から連絡が入った時は 「心肺停止」 だったという。
3ヶ月前の事だった。
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司法解剖したが 原因は掴めず 事件性もなく 花粉症の薬は飲んでいたが 薬好きの息子だったので 他の何かも飲んでいたのかもしれないという。
格闘技をしたり ジムのインストラクター等もしていて マンションで一人暮らしだったが 警察の人がびっくりするほどの 整然とした暮らしぶりだったという。

気丈な彼女は ご主人が去年脳梗塞で倒れ 復帰はしたものの 二度あっては困るからと 全部一人で仕切ったと言う。
風子と同じ持病があって その上 血圧も高く 薬に頼っているというのに・・・。

「便りがないのは 元気な証拠じゃないよね^~。便りがないと何か起きてるのね~~!Aitai
風子は(家人はいるが)頼りになる人居ないんだから あなたが元気で居てくれないと困るのよ! 」 と軽口で電話を切ったが 暇つぶしのつもりが 悲しい長電話1時間になってしまった。   

もし 風子だったらどうしただろう・・・・。 いやいやそんな事は絶対あってはならない。
物事には 順番があるのだ。
風子自体が 最近 あと何年だろう~~? と 気弱になっているのに また心に重ーい鉛を抱えこんだような気持ちだった。

最近 あちこちから訃報の頼りが届く。

暑いばかりではなく ストレスが多すぎる世の中で 仕事の愚痴をこぼす息子には 「だらしない!甘えるな!自立出来てない!そうなったのは 自分の責任でしょ!」 と 心を鬼にして言うものの ここで手を貸したらこの子のために良くないのだ・・と 出しかけた手を引っ込めている。
「あなたが居なくなれば 何とかしなくてはならないんだから 力に成れるのも今のうちよー」 と もう一人の友人は言うけれど・・・・。

あ~~~、歯が痛い! 
抜歯すれば済むのに 歯医者は 「骨粗鬆の薬を飲んでる方は抜歯は出来ないので 担当医の許可をもらってきてください」 という。
みんな 細分化されて 責任まで何処かへ行ってしまい この痛みは どうしてくれるのだろう・・。
大学病院だから 担当医は決まった曜日しか居ないのに~~。

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2011年5月 9日 (月)

会えたらいいね・・(510)  花、花、花

母の日に 花を贈るようになったのは いつ頃から始まったのだろう・・・、

子供の頃は 母の居る子は 胸に造花の赤いカーネーション、亡くなった子は白い花を胸につけ 「ありがとう」 という感謝の気持ちを表した。

小学校時代のクラスメイトは 列車の脱線事故で母親を亡くしていた。
同じ列車に乗る筈だった私の母は 朝方 突然の胃痙攣で列車に乗ることが出来ず 難を逃れたと言っていた。
母の日に 赤いカーネーションをつけることが 子供心にも 彼女の寂しさを思うと胸が痛んだ。
母の日は そんな遠い記憶がよみがえってくる。 

庭に咲いている色とりどりの花を母に供えて 生前には言葉に出来なかった 「ありがとう」 を 愚痴と一緒につぶやいていると 「もう少し生きていて欲しかった」 とこみ上げてくるものがある。

3人の子供達が届けてくれた花が カーテン越しの日ざしを受けて 部屋を一層明るくしている。
毎年 この時期は花でいっぱいになるが プレゼントの花も個性があって 性格が現れている。
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それにも増して 今年はうれしいことが重なった。

注文してあったお米が届いて(生産者から直接送って頂いている) 箱を開けてみたら 蕾がひしゃげて数本入っていた。
先日 「こちらでは(兵庫県加美市)5月8日には 高い山に登ってシャクナゲを採って 先祖に感謝の気持ちを届けます。毎年 今年が最後かな・・?と思いながら登りますが 今年も登れたので お米と一緒にお届けします」 と言うメールを頂いていた。

宅急便とはいえ 二日間狭い箱の中でお米に挟まれて さぞかし苦しい旅をしてきたことかと 水切りして花瓶に挿した。
今朝になったら 固かった蕾が膨らみかけ 午後には見事に花開いた。
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一緒に入れてくださった 春蘭、すずらん、シャガ も 息を吹き返して 贈り主の心を伝えてくれた。
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そのうち 挿し木した薔薇も送ってくださると書いてあったので 待ち遠しい。

花屋さんで買った花も 山に咲く花も 美しく好きだけれど 
それ以上に 子供達はもちろんのこと 届けてくださる気持ちが有りがたかった。
 
花に囲まれていると いつも庭に出て草むしりをしていた母の背中が 浮かんでくる。

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2011年4月20日 (水)

会えたらいいね・・(505)  初デビュー

3箇所の通院のうち 田端にある東洋医学研究所の担当医は スケートの高橋大輔をひ弱にしたような ちょっとイケメンだ。

女子医大へ掛かり始めた頃の担当医で 東洋医学的見地から研究したいと此方へ移ったが 長いお付き合いなので気心知れていて 頼りがいは無いが 愚痴をこぼせる唯一の先生だ。
神経質で細かいアドバイスを下さるが はい、はい! と一応聞いて来る。 
持ち切れない生薬を宅急便で送り 帰りは 「さあ、今日は何処へ行こうか」 と ルンルンで薬局を出た。
どっち道 治る病気ではないので 愚痴を聞いていただいて ストレス解消が一番の治療になる。

上野(美術館)も観たいものが無いし 「そうだ! 行って見よう!」 と 巣鴨で降りた。
テレビや噂では聞いているが 「おばあちゃんの原宿」 へは 初デビューなのだ。

なんとなく 心がわくわくして楽しくなってくる。

おばあちゃん達(人のことは言えない)が ぞろぞろ歩いているのかと思ったがそうでもなく  報道とはちょっと違うかな~~と。

格好は おばあちゃん達と同じように背負っているけれど ちょっと違うのは 「ナイキ」 に トレッキングシューズで 少し差がついてるかな~~?と 内心 にやっとする。
 
「あの~~、どっちでしょうか?」 とお聞きしたら 「あっちです、」 と 指差してくださった。
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なあんだ、近いんだ・・・。 方向音痴なので 間違わないうちに直ぐ聞いてしまうので いつまでたっても道を覚えない。
本堂の脇に お坊さんが3人も座ってらしたので 横目でチラッと会釈して お賽銭を入れ丁寧にお願いする。
このところ 息子が縦隔癌の疑いでCTを取ったり 他にもいろいろあって心が落ち着かなかったが 一段落したのでこれからの無事を改めて祈願してきた。
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悪い箇所を絞ったタオルで擦ると効くらしいので 手と足を丁寧に拭って来た。

いつだったか 先輩が 「まだ ちょっと早いけれど 勝負下着よ」 と 赤い肌着をプレゼントしてくれて 「何処で勝負するの~~?」 と大笑いしたけれど あれは何処へいったのか・・・? 勝負する事もなく 忘れていた~~。
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ぶらぶらとお店を覗いて歩いたが いつの間にか わくわく感は消えていた。
もっと楽しい処かと期待して行ったけれど 歳をとった気がしただけだった。

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「また、ダイエットからは 遠のいてしまったな~~」 と 塩大福と豆餅を買ってしまってから 「2キロ減らしてください。砂糖袋2個分ですよ」 と毎回言う担当医の顔が浮かんでいた。
先日の受信で 「今何キロですか?」 と聞かれたので 一キロ少なめに報告したが 今度は 「3個分減らしなさい!」 と 言われてしまいそうだ。



 

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2011年4月19日 (火)

会えたらいいね・・(504)  一ヶ月遅れて

お彼岸のお墓参りも 震災後の影響で高速道路が心配で取りやめになって気になっていた。
「18日に行こうか・・・?」 と息子 
「だめ、その日は落語の予定が入ってる 小三治だもん」

「・・・・・・?落語は夜だろ? 帰ってから行けば?」 

とりあえず 朝早めに出発。
以前は片道3時間かかったのに 最近は高速を使えば1時間半で行ける。

桜が咲く頃は 両親と息子と娘を連れて 花の下の芝生でお弁当を食べ 春のピクニックを楽しんだものだが 両親を遠に見送り その息子が見上げるほど成長しすぎて 今はお墓の樹を切るのに居なくてはならない存在になっている。

当時の楽しい思い出は まったく記憶に無いというから がっかりする。

この霊園へ 祖母が亡くなった時に田舎のお寺から移したので 50年も昔になる。
わが家は狭い墓地だか 今は樹も枯れたりしてこざっぱりとしている。

ドウダンが白い小さな花をつけ 水仙が咲き 植えた覚えの無い赤いチューリップが色を添えている。
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「こんなに花が咲いてるの初めてだね」 と言うと
「時期が違うからね・・・」
「そうかぁ・・、決まった時しか来ないからねー。今回は一ヶ月ずれたからね。毎月来れば いろいろな花が咲いてるかも? 植えなくても鳥が種まきしてくれて・・」
「冗談じゃないよー、毎月なんて~~」 

まあ、こうして 付き合ってくれる息子に感謝しなくてはいけない。
いづれ 無縁になるのだろうが それはそれで時代の流れということで 好きにして良いと言ってある。
風子の時代は 父に「誰が墓を守るんだ!」 と 言われて 心ではそのつもりでいても プレッシャーになっていたから。

霊園の中には 無残に灯篭が何基か倒れていた。
ここにも震災の後が残っていて お参りに見えるまでご家族は気がつかないのかと 胸が痛んだ。

3時には家に戻ったので  予定通り新宿の「紀伊国屋寄席」へ。
発売と同時に満席となって いつも行けなかった「小三治」 だが たまたま先日チケットが買えたのだ。

ここでも 「地震がありましたら 慌てず場内の指示に従ってください」 とアナウンス。
余震ならいいのだが そのうち別のプレートが・・・、といつまでも 何処へ行っても 不安が隣り合わせの毎日だ。

大笑いして席を立ったら 足が動かなかった。
ちょっと無理をし過ぎたかも・・? こんな時地震が来たら 転んで下敷きかな~~。
気持ちが先になって 直ぐに歳を忘れて無理をしてしまうから 転ば無いように気をつけないと・・・。

新宿の暗い街を ゆっくりと歩きながら あと何回・・・、と淋しい気持ちになってしまった。

 

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2011年4月13日 (水)

会えたらいいね・・(503) あの日から一ヶ月

帰宅難民になって 新有楽町ビルの床に敷かれたブルーシートに横になり コンクリートの堅い冷たさを感じながら ビルの方達の暖かい心遣いに感謝したあの日から 一ヶ月
http://hu-chan.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post.html

また 日本橋にあるクリニックへ診察を受けに行く日が来た。

担当医は 開口一番 「あの日 帰れましたか?」   
地震後の話が優先し笑い話なってしまって 診察は早々と終えて処方箋を頂きクリニックを出た。

日本橋へ出ると 帰りに何処へ寄ろうかと考えるのも楽しみで とりあえず「日本橋丸善」をうろうろし「紅型染展」「黒柿の世界展」を覗く。
レジにあった面白い懐中電灯に 「これは便利!」 
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脇のボタンを押して 飛び出た処をカシャカシャすると充電され 口と頭から光が出る。
これなら 電池がなくてもとりあえず役に立つ。P1020405

「ずーっと使えますか・・?」 とお聞きすると 「さあ~~、機械物ですから」 と。
「そうですよね、壊れますよね・・・・」 と衝動買い。P1020398

ぱらぱらと開いた雑誌に 「HD DVD プラネタリウム」 が6月までと紹介があったので 行ってみよう!と 高速下になってしまった日本橋をわたり 三越方向へ向かうことに・・・。



場所確認のため 控えた電話NOにかけると 「ただいまその電話は使われておりません」 というアナウンス。

三越の受付嬢に尋ねたら 電話NOから場所を探してくださったが そこは3年以上前にビルは解体され 母体のM不動産が関与していたので・・・・と わざわざ問い合わせてくださった。 
その結果 2007年春の記事が 日本橋紹介の雑誌に掲載されていたらしい。
雑誌の記事なんて いい加減なものだ・・・、と思ったが 丁寧に調べてくださった受付嬢の応対の良さに 寄る予定の無い「三越」 をうろつく事になったが 長居をすると衝動買いをして後悔するのは目に見えているので 高さ11m幅4mの天女 (まごころ像)の階段前のホールに置かれた椅子に座り 一息ついた。
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?0年前には 職場が隣のビルだったので ここで行われる催しを昼休みによく覗きに来たもので あの当時と変わらない4階まで届くほどの豪華絢爛?(ちょっと怖いものがあるが・・・)な姿を眺めていると 再びセピア色の思い出が蘇ってきた。

三井記念美術館へ寄ったら ここも準備中で ビル全体が暗い。
どこへ行っても 暗い。

地下鉄に乗ったら 途中で 「ただいまの地震の影響で 止まっております」 で 直ぐ動いたものの こんなことばかり。

こんな時は 野原を歩いているのが一番! とアスファルトで疲れた足を引きずって帰って来た。

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2011年3月25日 (金)

会えたらいいね・・(494)  少年

少女に会い いつになくやさしい気持ちになって 友人の喫茶店へ行った。

珈琲を飲みながら 時々カウンターの向こうに居る友人に話しかけてみたり
BGMを耳にしながら置いてある雑誌を眺める。

こんな時期なのでお客も少なく 彼女には申し訳ないが 落ち着いて心地良くいつまでも席を離れられないでいたが 一通りの雑誌も読み終えたので時計を見たら 7時に針が届くところだった。
「あらぁ~~、こんな時間!」 と珈琲豆を買ってあわてて店を出た。

駅前の八百屋で 話題の小松菜やかき菜を買い 母の好きだった「京樽のちらし寿司」を買って ちょうど来た電車に飛び乗った。
何となく ぽつーんと来たような気がしていたが・・・・・。

自宅駅までは20分足らずなのに 降りたら雪が街頭に照らされて横殴りに降っていた。
タクシーも行列なので 「濡れていこっ」 と両手にぶら下げて歩くことにしたが 雨混じりになり 急ごうにも急げない足なので 頭から雪を積もらせてびしょ濡れだった。

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信号を渡ったところで ガシャーンと大きな音がして振り返ったら 透明なビニールのようなものがふわふわしていた。
車の修理工場のお兄さんが ゴミ袋に部品の片付けでもしてるんだ・・・と思い
通り過ぎたが 気になったのでもう一度見たら 人が倒れているようなので戻ると 自転車と少年が倒れていた。

「どうしたの?大丈夫」 と言っても 起き上がらない。
「ガードレールにぶつかったんです」 と蚊の泣くような情けない声。
「救急車呼ぼうか?」 と言ったらやっと起き上がった。
「自転車 起こしてください」 と言うので 「おばさんだって 手が悪いから・・・」 と言いながらも 火事場の?で 自転車を立たせた。

「曲がってませんか?」 「籠は曲がったけれど ハンドルは大丈夫みたいよ」
「歩ける?」 「・・・・・・・・」
「じゃあ おばさん家に戻って車・・・」 と言いかけたが 
「どこから来たの?」というと
「Tから・・・・、これから遊びに行くんです。傘つぼめてもらえますかぁ? あーあぁ、骨が折れちゃってる」
ジャンプ傘なのでどうすれば閉じるのかまごまごしていたら 
「そこ、根元を引っ張れば・・」 と。(内心 自分でやりなさいよ・・・・)

ちょっと血が滲んでいる人差し指を見せて 「バンドエイド持ってますか・・?」

そのあたりから 腹が立ってきた。
「持ってないわ」 そのくらい舐めときなさい!と言いたかったが・・・。
「なぁんだ、 ちゃんと歩けてるじゃない! 自転車を杖がわりにして引っ張って行きなさい!」

こっちだって 頭からずぶ濡れで 買ってきた野菜だって雪が乗っている。

こんな雪の中 傘さしの片手運転で遊びに行くなんてどうかしている。
こっちが 助けてもらいたいのに・・・。
(どんな育ち方をしているんだろう・・・、甘いな~~。 車で送らなくて良かった!!)

その場を立ち去ってどうしたか・・・と見たら 家とは反対の方へ行ったから 遊びに行ったのだろう。

仕事から戻った息子に話したら 「お袋またぁ・・・、自分の手足 考えろよ!」 と呆れていた。

同じような年齢の少女と少年。  明暗を分けた一日だった。

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2011年3月24日 (木)

会えたらいいね・・(493) 少女

昨日 2回ある筈の計画停電が中止になったので 6つ先駅の永田珈琲まで 豆を買いにいく事にした。

電車は間引き運転で 20分待ち。

ホームを行ったり来たりしていた少女?が
「おばさん 電車はいつくるの?」 と近寄ってきた。
「そうね・・、36分だから あと8分くらいかな・・・」

また 聞きに来た 「何分にくるの? 早く来ないかな~~」
「あと 6分よ」

どうも 知的障害を持っている感じだった。

「おばさん 寒いよ~~」 手を摺り合せている。
手袋をしていた手で擦ってあげたら 「おばさん 手袋貸してくれる?」 という。
ちょっと 考えたけれど 「いいわよ・・、」 と渡したら 「一本で良い・・」 と。
「大丈夫、おばさん温かくなってるから・・」
両手をはめて 嬉しそうにしている。
返してもらえるかな~~、と一瞬思ったが その時はその時考えれば良い。 

「学校?」  「ううん、会社」  
「そうなんだー、この駅から近いの?」  「車」
「送迎バスが来るのね」  「ちがう、車」
「それなら安心ね、お家は どこの駅?」 
「S駅(ひとつめ)、駅に着いたらお母さんに電話するの。住所は○町□ー△ー△。○コーポ201」  「それなら近いわね」

また・・・、「「おばさん、あと何分?」
「もう少し、ほら踏がなってるから 来るわよ・・・。来た!」

「お仕事何してるの?」  「粉を計ってるの うどん作る粉。 」
「そう・・・、間違うといけない大事なお仕事ね」 「4とか5で計るの」
「今、地震来る?」   「さあ・・・、来ないと思うけど・・・、」
また聞いてくる  「昨日も来たけど 地震また来る?」  
「あのね、時々揺れるでしょ。  あれね、 大きな地震があって 海の底が段になってしまったの。だから戻ろうと思って揺れてるの。 この間みたいに大きなのは来ないと思うわ」

そう言ったものの 詳しい知識が無いので答えられない。
「困った時は 近くにいるおばさんやおじさんに助けて!って言うのよ」

「S駅 止まりますか?」   「次よ、降りたら忘れずに電話するのよ」
「はい、お母さん心配してるから・・」

駅に着いて 「有難う!」 と 振り返りもせず帰っていった。

生まれて25時間で脳内出血で旅立った初めての子供の顔を思い出していた。
「生きていても 植物人間でしたよ!」 冷たく言い放った医師の言葉が耳に焼き付いている。
この地震で お彼岸にお参りにも行けなかったが・・・。

庭の こぶしも咲き始め
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紺紅の小さな椿が 今年は蕾をたくさんつけた
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庭の片隅のあちこちに春蘭が幾つもの蕾をつけていたが 開き始めた。
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緋めだかも そろそろ産卵が始まる。 草をいれてあげなくては・・・・
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どんな時にも 春は必ずやってくる。

少女は純粋で素直で 心を温めてくれた。

http://www.youtube.com/watch?v=K7ATnyQneXY

村下孝蔵 「少女」

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2011年3月22日 (火)

会えたらいいね・・(492)  無計画停電のすごし方

計画停電が始まった頃 わが家がどのグループに所属するのか分からなかった。

というのは S市は①②④のグループに入っていて その後①②のどちらかは分かったが S市△△は飛び地もあって どちらに所属するか分からない。
市役所に問い合わせても 東電管轄で分からないと言うし 連絡先の東電営業所は電話に出ないし営業時間を過ぎたら 「本日の営業は終わりました」 と返ってくる。

その後 判明したので 停電を覚悟して準備しているのに 急に「中止になりましたー」 とアナウンス。
ほっとするけれど 力が抜けてしまった感じで 何も手につかない。
被災地を考えると 贅沢なのはわかっているけれど・・・。

無計画停電で落ち着かない時は 雑木林へ出かける。

いつもの広場へ出て ホトケノザが群生している筈・・の処へ行ったら おじいさんが鍬で丁寧に扱いでいる。
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「あら~~、おじさん ここの花どうしちゃったのォ~~」 と言うと 「畑に草が生えるから 早いとこ取んねーと」 と黙々と続けている。
「だって此処 持ち主がS社でおじさんの畑じゃないでしょ」 と言ったあと 去年のことを思い出した。 

そういえば この広場を整地して野球場にしていたのを 畑にボールが飛んでくるからと言って止めさせて 草っ原にしたら 虫が来ると苦情が出たそうだ (おじいさんもその一人らしい)

しばらく おじいさんの愚痴を聞いた。

「80歳で 去年 胃癌のため胃を三分の二取って 食うものも食えねえし ばあさんと二人で畑やったって 息子の給料の半分にもなりゃしない。息子だって畑なんかやりゃしないし 出荷したってスーパーが儲け過ぎで(売値の半分)種だの肥料だの買うと いくらにもなんねぇ・・・」  と嘆く。
「嫁だって 野菜を洗ってやりゃぁ食うけんど そうじゃなきゃスーパーで買ってくんだいね! 有機だ無農薬だってうるせーこと言うけんど そんなことで 手のない農家は店に出せるものなんか作れね!」 
「おじさんわかるよー、野菜の値段って 安すぎだと思うよ。風子もちょっと作ってみたけど 毎日がお天とさんや 虫との闘いだもんねー、それで諦めちゃったぁ」
「土地を売るったって 農家相手じゃないと売りも貸しも出来ないし・・・、どこの農家だってみんな止めちまってるよー。ホレ、あっちも こっちも・・・」 と 見晴らしの良い畑を指差す。
「だから 草が生えねーようにだけしてんだぁ」 と 小さな細い体で耕して続けている。

ホトケノザ、オオイヌノフグリ、ヒメオドリコソウ・・・、やっと春を待って この広場でのびのび花開き始めたのに・・・、と思うけれど おじいさんの話を聞いていると わからないでもない。

いつの日か この広場も畑も 駅まで歩ける範囲なので 住宅地や工場になってしまうのかな~~と淋しくなる。
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持ち主は大手S社だから・・・。

わが家の入り口の雑木林も相続で手放したと言うし 建て売28棟があっという間に売れた。
住民はみんな若い家族で 古い住宅地の風子達高齢者は 「この時代 買う方は不安はないのかしらね~~?」 と 思い切りの良さに感心している。

いろいろと 心が淋しくなるようなことばかりだけれど 残されたの野の花に慰められている。
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