会えたらいいね・・(365) 枯れた花
日記に花のことをよく書くので 「花好きなんですねー 」 と言われるけれど
自分では特別花好きとは思っていない。
花が嫌いな人は居ないだろうと思っていた。
狭い庭でも苦心して植えたくなったり 無ければないで鉢植えでも花瓶にさして楽しみたいと思うのが普通だと思っていた。
それが 花は枯れるのでいやだから 造花が好きだという人が居てびっくりした。
解らないでもないけれど 花は枯れるから愛おしいのではないかと風子は思っている。
どちらかというと自然に咲いている野の花が好きだけれど いつもそういう花に接しては居られないので 出かけた先で草や木の実を集めて来る。
温泉の帰りにバスを待ちながら川原で集めた草を抱えてバスに乗ったら 「それ何にするんですか?」 と運転手さんに聞かれ 「綺麗なので・・」 と言ったら 「都会の人は面白いですねー」 と笑っていた。
苦心惨憺して繋温泉から持ち帰った草は 何年も経ったのに飾ってある。
箱根を散歩していて木ごと伐り倒されて山に捨てられていた蔓梅もどきは 欲張って沢山採ったのはいいけれど 包む物がないのでコンビにに寄って新聞を買って大変な思いで持ち帰って リースにして 友人や娘に届けた。
いただいた薔薇の花束も 終わりに近づくと急いで逆さに吊るしてドライにする。
庭のアジサイも枯れた色合いが捨てがたく とっておいた。
ひまわり、吾亦紅、とうがらし、月桃、・・・・等々。
数えたらきりが無い。
月日が経つとぱらぱらと落ち 周りは塵だらけになるけれど 近づくと枯れ草の匂いがして 一つ一つの情景が思い出される。
もしかしたら 懐古趣味なのかもしれない。
枯れた花が好きと言っても ドライフラワーとして売っているものは興味が無い。
それは売るために 花の一番美しい時に人の手によって命を切り取られ 自然に枯れたのとは違うからだ。
アートとして創られた造花は作品として見れば美しいけれど お墓や仏さまに造花が供えてあるのを見かけると 寂しい気がしてならない。
ひと其々事情も考え方も違うので何とも言えないけれど わが家はそのうち枯れ草でいっぱいになってしまうのでは・・・・と 枯れ草になりつつある自分を振り返って苦笑している。
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一枚は 去年から風景をさがしていて 栂池でスケッチしてきた。
入院前に額に入れて 搬入出来るところまで 今月中にしておく必要がある。





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