2009年12月11日 (金)

会えたらいいね・・(365)  枯れた花

日記に花のことをよく書くので 「花好きなんですねー 」 と言われるけれど
自分では特別花好きとは思っていない。

花が嫌いな人は居ないだろうと思っていた。 
狭い庭でも苦心して植えたくなったり 無ければないで鉢植えでも花瓶にさして楽しみたいと思うのが普通だと思っていた。

それが 花は枯れるのでいやだから 造花が好きだという人が居てびっくりした。
解らないでもないけれど 花は枯れるから愛おしいのではないかと風子は思っている。

どちらかというと自然に咲いている野の花が好きだけれど いつもそういう花に接しては居られないので 出かけた先で草や木の実を集めて来る。Dscn3758

温泉の帰りにバスを待ちながら川原で集めた草を抱えてバスに乗ったら 「それ何にするんですか?」 と運転手さんに聞かれ 「綺麗なので・・」 と言ったら 「都会の人は面白いですねー」 と笑っていた。
苦心惨憺して繋温泉から持ち帰った草は 何年も経ったのに飾ってある。Dscn3765

Dscn3764_3 箱根を散歩していて木ごと伐り倒されて山に捨てられていた蔓梅もどきは 欲張って沢山採ったのはいいけれど 包む物がないのでコンビにに寄って新聞を買って大変な思いで持ち帰って リースにして 友人や娘に届けた。 

いただいた薔薇の花束も 終わりに近づくと急いで逆さに吊るしてドライにする。Dscn3762
庭のアジサイも枯れた色合いが捨てがたく とっておいた。
ひまわり、吾亦紅、とうがらし、月桃、・・・・等々。Dscn3766 Dscn3905
数えたらきりが無い。
月日が経つとぱらぱらと落ち 周りは塵だらけになるけれど 近づくと枯れ草の匂いがして 一つ一つの情景が思い出される。

もしかしたら 懐古趣味なのかもしれない。

枯れた花が好きと言っても ドライフラワーとして売っているものは興味が無い。
それは売るために 花の一番美しい時に人の手によって命を切り取られ 自然に枯れたのとは違うからだ。

アートとして創られた造花は作品として見れば美しいけれど お墓や仏さまに造花が供えてあるのを見かけると 寂しい気がしてならない。

ひと其々事情も考え方も違うので何とも言えないけれど わが家はそのうち枯れ草でいっぱいになってしまうのでは・・・・と 枯れ草になりつつある自分を振り返って苦笑している。  

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2009年11月 2日 (月)

会えたらいいね・・(358)  決めかねて・・。

春に 表装展のご案内をいただいた。
いつもなら 楽しみに伺うところだが 今回は辛いものがあって見送ってしまった。

きょねん骨董市で男物の鹿の子絞りの三尺を見つけ その伸びきってくたびれた風合いと 褪色した紫に惹かれて この手では軸は創れないと思いながらも いつか創作に復帰出来るかと儚い夢を託して買ってしまった。

上手に出来なくてもいいから何とか形にしたくて 伊香保で買った竹久夢二のハンカチを本紙代わりにして 大正ロマンとすることにした。
それが好きなわけでもないのだが 本紙も見当たらないし 兎に角その布で創りたかったのだ。Dscn1446

その後 急に手を手術することになり中途で放ってあったが 何とか軸棒をすげるまで漕ぎ付けて 目が点になってしまった。

柱(左右)の幅が2分違っているではないか。
デザイン上で 敢えてバランスをくずしたこともあるけれど いつもならこんな初歩的な間違いは途中で気が付く筈なのだ。
ここまで来てしまったら やり直しも創るより面倒な作業になる。
どうでも良くなってしまって そのまま軸棒を挿げてしまった。

掛けてみると やはり気になって情けなくなる。

いつか復帰できるかと作業台のそのまま広げたままであるが この際思い切って片付けて この部屋はほかの事に使おうかと考えあぐねている。Dscn3551

そんなわけで 先輩後輩の力作を見せていただくのは身の詰まる思いがあって 展覧会を失礼してしまった。

不都合な関節が増えることはあっても減ることは無い。
儚い夢を追い続けても仕方が無いのかもしれない。
骨董市を歩いて箪笥いっぱい集めた古布を開いてみては ため息をついている。
誰が見ても 興味の無いものにはボロ布にしか見えないのだから・・・。

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2009年10月 1日 (木)

会えたらいいね・・(353) 母の日は誰が決めた

「今日は誕生日です。丈夫な体に産んでくれてありがとね」 
息子からのメールが入る・・・・筈、だったが。

もういい年をした居候の息子だが 風子が寝ている間に出勤するので 誕生日の朝は毎年メールが入ってl来る。
それが今回は12時を回った時点で そっとふすまを開けて誕生日の報告を告げていった。Dscn3253

「そんなに感謝してるのなら もう少し自立して生きなさいよ。口ばっかり調子好いこと言って・・」 と心の中で思うけれど
感謝の言葉は まんざら口だけではないようだ。
 
先日も仕事中あばら骨を骨折したが 「よくこれだけで済みましたね」 と医者に言われるほどの怪我だったのに 「頑丈な体に産んでくれてたからだよ」 と 一日も休まず体力勝負の職場へ出かけていった。

今まで数々の苦労をかけてきた事への せめてもの気持ちだろう。
頭脳明晰とは言えないが 大した病気もせず 健康第一で 誕生日を迎えられた事は 風子も一端をになっているというわけだ。Dscn3246  

「吾を産みし日こそ母の日つくし出づ」  無着成恭「忸怩戒」(水書坊)より

本に書かれていることをお借りすると

五月の第二日曜日が「母の日」 だなんて いったい誰が決めたのだ。
「母の日」 とは 自分を産んでくれた事で女が母に生まれ変わるのであって 吾の誕生日が母の日なのだという。
そんな大事な日を国家に決められてたまるか!!と考えるのが 仏教徒だと。

女にとっては 子供を産んだ数だけ母になった日があるはずだし 自分の誕生日が 自分の母親に感謝する「母の日」 でなければならない。

風子もそれには 大いに賛成なのだ。

というと わが愚息もかなり分っているではないか・・、とほくそ笑んでいる。

まあ、母の日は何回あってもいいわけで プレゼントがあれば 尚好いのだが・・・。

ともあれ 元気で誕生日を迎えられることは喜ばしいことには違いないのだから ケーキのひとつも用意しようか・・と思っていたが 出かけてしまって食事さえ作りそこなってしまった。

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2009年8月31日 (月)

会えたらいいね・・(345) 夢破れて・・。

誰にも 忘れられない食べ物があると思うが・・・・、風子にとって アマンドのシュークリームがそれなのだ。

遡ると もう何十年になるか数えるのも片手では危うくなりそうな昔になるが・・・、
大学受験に失敗し 父は 浪人は許さないが何処でもいいから4年面倒を見ると言い
担任も浪人を勧めたが 両親との事情があって浪人したいと甘えられず 不本意な大学に行くよりは・・・、と就職することを自分で決めた。
当時 大学を落ちたものを対象に無試験で入れる銀行がいくつもあった。

その頃新宿に住んでいて 東京行きの階段を降りる途中で予備校に通うクラスメイトとすれ違うと 自分で選んだ道であったけれど 大学を諦めたことが情けなかった。

何か 仕事以外の目的が欲しかった。
高校は制服がなかったので 自分で縫った洋服を着たりしていたこともあって 
帰途に通るB服装学院の円筒形にそびえる窓から洩れる灯りを見上げながら 洋裁の道に進もうと思い始めていた。
デザイナー、ブティック経営・・、夢は膨らんだ。

週3回通学、3日は自宅で宿題。 
毎晩残業で 組合でも問題になるほど仕事は遅くまで続き 同僚の夜食の注文をとり自分は空腹のまま学校へ走った。8時までに着けば出席の点はもらえるのだ。
教室へ入って そーっと一番後ろに座る。
製図も裁断も説明を聞いてないので判らず 進んでいる仲間を見ると何をどうしたらいいのか ただ涙がポロポロこぼれてくるだけだった。Dscn3007

そんな時 六本木から通ってくる遅刻仲間の友人がいて アマンドのシュークリームを買ってきてくれた。
休憩時間に 階段に二人で座って慰めあいながらポロポロ涙と一緒に食べた。
こんなに美味しいものはないと いつも思っていた。
直径10センチを超える大きさで白い粉砂糖がかかって 真ん中に穴が空いているのだ。
「穴がなかったらいいのにね!」 といつも言いながら。

自宅学習の3日は 残業を終えて帰ると 製図、裁断、ミシンが夜中の3時まで続くことはあたりまえの生活だった。
ワンピースの裁断を10センチ短く切ってしまい 提出期限を間近にして途方にくれ朝まで眠れなかったり  紳士服を作る課題に相手の男性が見つからず いやいや父のズボンを縫ったこともあった。

3年目 会社の健康診断でチェックされ 「一過性浸潤」 と診断された。
結核に移行するので 学校か仕事のどちらかにするようにいわれ 学校を辞めざるを得なかった。

結局 大学も洋裁の道に進むことも断念してしまった。

そんな話を息子にしたことがあって 覚えていて時々買ってきてくれるのだが
あの頃の味ではない。
大きさも もっともっと大きかったような気がする。

けれど 食べるたび胸が熱くなってくる。

あの円筒形の校舎も建て替えられ 重い宿題を背負ってわが家へ向かった曲がり角のガスタンクも 遠の昔に高層ホテルになっている。

階段に座って 涙と一緒に食べたあのアマンドのシュークリームの思い出だけは変わっていない。

  

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2009年5月29日 (金)

会えたらいいね・・(328) 自己表現

知人から 演劇のチケットをいただいたので 遥々 両国のシアターΧ(カイ)まで。

お誘いをいただいた時 私にこういう演劇が理解できるか躊躇したが 
演目が 「OGURIとTERUTE」 と言うことで 以前歌舞伎で猿之助の小栗を見ているので
何とか理解できるだろうと 行ってみた。

説教節政太夫の語りと演奏、その他鳴り物、笛 などにあわせて 
演出振り付けのケイタケイを含め13人が 舞台狭しと 体で表現し語り踊る。

知人の妹さんが出演しているが 見事な演技と語りですばらしかったが
風子と同じ病気を持ったことがきっかけで この世界に入ったという。

ふと 自己表現とは何だろう・・・と考えてしまった。
実に自由で (もちろん振り付け、演出はあるのだが) 体全体で役にぶつかっている。

風子は 邦楽の世界に何十年か席を置いていたことがあった。
それに先立って 師範試験を受けた時 その講評は 「沈着冷静な演奏でした」 だった。
その時は 楽譜に忠実に間違いなく弾けたということで 自分ながら満足していた。

その後 大小の舞台に何回と無く立ったが 間違わずに弾けたという感はあっても 一度として思い切って演奏できたという満足感はなかった。
いつも 独奏ではなかったということもあるが 楽譜に忠実に乱さないように最新の注意を払って 感情移入など許されない世界だった。
最近は 邦楽も現代邦楽や新曲の世界で プロの演奏家は個性的に成っているが・・・。

いつか自分なりの演奏をしてみたいと思っているうちに この持病になり
心の何処かで もう一度・・と 夢のようなことを考えては見るが もう有り得ない話で ただ弾くことすら出来無くなってしまった。 

何年か前から絵を描き始めて 今は最近お教室を離れて 誰の目も気にせず好きなように描いている。
やっと 少し自己表現が出来つつあるかなー?と 感じている。

多分 絵は楽譜がないということが自由で 自分には合っているのかも知れない。
いつだったか 先生のおっしゃることが理解できなくて 
「それなら 何でも有りなのですか?」 との疑問に
「そうです」 といわれたことが 好きなように描くきっかけになっている。

まだしっかり見る目を持たないうちにあまり自由になりすぎて 最近軌道修正をしなくてはと思っている。

Dscn2302_2

 

 「緑の記憶 (09)」

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2009年3月23日 (月)

会えたらいいね・・(314) どうしようか・・・。

今 心の中に重くのしかかって 離れないものがある。

「県展」 

二年続けて運よく入選でき 今回は三度目の正直で 自分なりに そこそこ納得できる絵を出したいものと思っていた。
一回目の入選は 「ダメ元」 で 出してみたものが 運よく引っかかった、という感じで 期待してなかったということもあって あまり感動もなかった。
二回目は 教室も休んでいて 先生に見ていただける時もないままに 出品してしまった。
けれど 自力で描いたという自負があって 嬉しかった。

そして 今回は三回目だ。
今度 入選できたら・・、という気負いもあって なかなか描くものが見つからない。

Dscn1648_2  一枚は 去年から風景をさがしていて 栂池でスケッチしてきた。
それを 小さめのキャンバスに描いてから50号にするつもりだった。
1,2回目とも 10号と20号に描いて それから50号に描いたので 自分のイメージを確認できていて 何とかなった。

それが 今回は 小さな絵を描く間もなく 1月に事故で一ヶ月近く体調がはっきりしないまま 今回の手術となってしまった。
4月中に描けば・・・、と思っていたのに 術後は一ヶ月も手を固定され 右手は使えるけれど また切れる可能性があるので 無理しないよう言われている。

Dscn1649 入院前に額に入れて 搬入出来るところまで 今月中にしておく必要がある。
そうすれば 業者に持っていってもらえる。 
慌てて描いてはいるものの 不安が募る。

娘は 「プロでもないのだし 来年があるでしょ!」 とあっさり言ってくれる。
それはそうで 何も仕事ではなく単なる趣味なのだから 悩む事はないのだ。
・・・といってしまえば お終いなのだ。

しかも この年齢になると 来年という約束はない。

まあ、出来るところまで描いて 途中でもかまわない・・、と思うことにしているが
今回だけは 入選したかった・・・、と 半ば諦めの心境で描いている。

先日 部分を撮っておいたが 今は全く別のものになってしまっている。

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2009年2月28日 (土)

会えたらいね・・(309) 憂鬱

このところ 嬉しかったり辛かったり いろいろあって 心中複雑で ブログまで気持ちが届かない。
書き始めたら愚痴になってしまうし、それを愚痴でないように書く言葉もみつからない。

けれど 重たくこころに引っかかっていて 思い切って愚痴を書くことに・・。

春一番が吹く少し前から炎症がおこり 人より早く{春一番」を予知できる。
今年も例年どおり 疼きが始まって それはいいとしても いつもと違った痛みがあって
おかしいな~~?とは思いながらも 大して気に留めていなかった。
何をしても多少の痛みはあるし 日常のことなのでそれが当たり前であって 無い生活はここ13~4年味わったことがないからだ。

17日にリウマチ科で受信した時は 炎症があると伝えたのに 「CRPは増えてないですからねー、人によって痛みの感じ方は違いますからー」 といつものように言われ 「風子はきっと 感受性が豊かなんだー」 なんて自己満足で納得していた。

26日 東洋医学で漢方をうけているので 「指を自分の力で動かせないし肘までの筋が痛い」と話したら 元リウマチ科の担当医だったので 「腱が切れてるかもしれない、早急に受信するように、暢気にしている場合ではないですよ」 と脅かされて 急遽女子医大の予約をいれた。

そして 昨日受信。
案の定 「切れているので 手術です」 と。
即座に 「3月は10,11日と予定があるので その前におわりますか?」 とお聞きした。

前日 息子と話しをしていて 「手術でも 日帰りだねー」 と簡単に考えていたのに 「二泊三日ほどで 7センチくらい切ります」 といわれた。
その瞬間 何となく 嬉しくなってしまったのは不思議なことで 「やったー、少々の痛みを我慢すれば 公に2泊出来る。遊びではないから・・」 と。

馬鹿な考えも 直ぐに打ち消しとなった。
「3週間 ぐるぐる固定して その後リハビリが・・・」 
退院後が 辛いではないか・・、

運転が出来ない、お風呂はどうする? 絵は描けない、県展は? と。

「いつ頃になりますか?」 というと 「混んでますから 4月か・・?5月に入るかも」との返事。
「おいおい それまで我慢? 痛いまま???」 
「緊急を要する手術ではないので・・」 といとも簡単。

「そうかァ・・、いのちに係わらないし・・、まあいいかあ。このたびの旅は用事でだけれど
5月には 友人と九州を周ろうと企画していた。
それも 断らなくては・・・、と 思いながら 最終日に近い「妙心寺展」 へ足を向けた。

またもや ショックだった。
金曜日なので 遅くまでと高を括っていたら 3月までは4:30までで 30分で見なくてはならない。
仕方なく お目当ての「瓢鮎図」 を真っ先に見て あとは ざっと眺めて帰ってきた。

あの 「瓢鮎図」 は 何を表しているのだろう?
その前に 固まったままの男性が居た。
解って感心して立っているのか、解らないから考え込んで貼りついているのか~~?

禅は 妙心寺派 松原哲明さんのお話をお聞きしたばかりだけれど その講話は解ったような・・・・???。少々 勉強してみる価値はありそうな 気配。

     愚痴にお付き合い ありがとうございました。

  

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2009年2月18日 (水)

会えたらいいね・・(307) 通院日

あーあァ、 春一番。

先日来 まもなく吹くのではないか・・?と恐れていたけれど やっぱり・・、だった。Dscn1598_2

天気予報より当たる 春一番予報。
14年の病歴の中で 具合が悪いなー、と思っていると春一番が吹くので 予想できるようになった。

毎年 願う、今年こそ 外れて欲しい・・と。

今日は通院日。

「どうですか?」 と問われるから 手首の炎症と 新しく始まった足首の異変を告げる。
「CRPも ESRも RFも 落ち着いてますからね~~、」 と。
この病院の患者さんの中では 中程度だそうだ。

その数字は 一ヶ月前に採血したもので それだって その前の月より 増えている。

今 悪化していると本人が言っているわけで 一ヶ月前の数字で判断しないで欲しい。
今日の採血では 絶対に増えているはず。
それに 数字だけでは 人間の体は 判断できないのだ。

先日の転倒の理由も聞いてみた。それに 頭を打って 首のレントゲンの結果も伝えた。
「単なる 脳貧血でしょう、心配でしたら MRでも・・・。頭をうったのは 災難でしたねー」

それ以上話しても無駄・・、と打ち切った。
患者同士の噂によると かなり優秀な医師で出世コースを歩んでいるらしい。Dscn1600

薬局へ行ったら 「食後服用の薬が食前になっていますが 何かおっしゃってましたか?」
と言うので 「ずーっと食後に飲んでます」 と言った。 
医師に問い合わせていたが やはり 食後です」 とのこと。

胃薬なのだから食後に決まっていると 食後に服用していたけれど 医者なんていい加減なもので 計 一万円也が 消えてゆく。

それにしても 去年 高尾山に登ったあの元気は どこへ行ってしまったのか・・?

一喜一憂の毎日だ。Dscn1597

帰りに 上野へ回った。 
西郷さんは 思っていたよりチャーミングな面立ちで おかしくなった。
「結構 いい男じゃない?」 と 若い女の子が感心していたが・・・・。

何という桜なのだろう 青い空に浮かんだ白い雲の下に 満開になっていた。  

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2009年2月10日 (火)

会えたらいいね・・(306) ミニクラス会

今日は 恒例の高校のミニクラス会

先日の転倒事故で 腫れたままの顔だったらどうしようか~と気にしていたが 完全とまでは行かないが 出かけられる状態にもどり出かけた。

相変わらず 男性は少なく・・、といっても もともと女性だけで始まったことなので 何人かに声をかけるだけだから 貴重というか 微妙な立場で 遠慮がちに出席している。

何十年ぶりに参加した彼は 奥方が手術をして入院中だった。
入院中なので 逆に安心なのだと つかの間の息抜きだったのかもしれない。

彼の話は 初めて聞くことばかりで 若い頃 カントリーウェスタンに夢中で バンドを組んで演奏して回っていたそうだ。 
ブランクがあったが また再結成したいと熱く語っていた。Dscn1541_2

風子も当時 ハワイアンやカントリーを聴きにいったこともあって ワインを傾けながら 懐かしい話がはずんでいたが 「煙草を吸いに言って来る・・」、と部屋を出て行った。

しばらく戻ってこなかったが さして気に留めることもなく 風子もお手洗いにと 外へでた。
階段の踊り場に人が集まっている。 何気なく見下ろしたが 「まさかー!」 と目を疑ったが そこに頭から地を流して意識のなくなっている彼がいた。

戻ってこなかったあの時間に転倒し ビルの関係者が 救急車を呼んでくれていた。

連絡先がわからない。奥様は入院中、お子さんは居ない。手帳や携帯から 妹さんを探し当て 救急隊員が連絡を取り とりあえずクラスメートが二人付き添って 近くの病院へ搬送。

それからは クラス会どころではない。
連絡を待つのみで こうなったら 目の前のご馳走もお酒も 誰の目にも入らない。 
やがて連絡が入り 脳外科的には 大丈夫らしいということで一安心したものの 頚椎の異常の疑いがあり そこからまた他の病院は転送。 
その後は 駆けつけた妹さん夫婦にお任せして 二人の友人は帰ってきた。

そういえば 彼はこんなことを話していた。
彼の 父上98歳が倒れ あの世の一歩手前で生還したが 退院と入れ替えに叔父さんが亡くなり その告別式の日にその奥様が亡くなり 次にその妹さんが亡くなった、と。
「今度は 俺ではないかと・・」 
意識が戻り 命に別状はないようだけれど 頚椎損傷にでもなっていたら 大変なことになってしまう。

もう そういう年齢なのだ。 

風子も倒れたばかりで この程度で済んだが ほんの少しの気の緩みが 大事になってしまうのだ。
彼を見ていて 改めて自分の事故を思い出し 身が震えた。

帰り道 澄んだ夜空に 月が輝いていた。
大事にならないことを祈りながら 冷たい月を伴に とぼとぼと帰ってきた。

    

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2008年12月22日 (月)

会えたらいいね・・(297) 散る故によりて

今朝は 久しぶりに早めに起きた。

それでも 新日曜美術館を見終わるまでは ソファーにへばりついでいるから 何てことはない いつもと同じ結果になってしまった。

庭へ出てみる。
狭い庭を アメジストセージ、チェリーセージ、ウィンターコスモス が 秋口から 咲きたい放題、伸びたい放題に 我が物顔に陣取っている。

花数も減って 紫色のセージは グレーがかって だらりと花をながーく伸ばしている。
クリーム色のはなびらを太陽に透かせて 青空に向かって咲いていたウィンターコスモスも 花は小さくなり まだ蕾はついているが あわれになった。Dscn1285

切るべきか・・、いつも迷う。
花があるうちは 命を絶つようで思い切って出来ず 温存しては 来年の花を遅らせてしまう。

草毟りをしながら 邪魔な枝だけ手折っているうちに 結局 思い切って詰めることにした。Dscn1315

折る度にハーブの香りが漂い 二坪ほどのスペースしかないが ハーブガーデンにしたら きっと夏の水遣りが楽しくなるにちがいない。
最近終了した テレビドラマ 「風のガーデン」 のように・・・。

Dscn1298 紅の山茶花、白の侘助が咲き乱れ そして もう直ぐ 紺紅の侘助も追いかける。
紅梅も いつになく小さな紅の蕾をたくさんつけている。

春の花が咲くまで 楽しめる。

「何れの花か散らで残るべき 
     散る故によりて 咲く頃あれば 珍しきかな」 

 ・・・・・・・・  なーんて こじつjけたりしている・・・・・・・・・・

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