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2010年8月31日 (火)

会えたらいいね・・(430)  南 直哉 講演

いや~~、笑った笑った!  久しぶりに声を出して・・・。
本当にこの方が・・? 
あの難しい本を書かれる 南直哉さんなの?

名前を始めて知ったのは 去年の暮れ。
目に止まった日記に  「今 南直哉さんの本を読んでいます。 読み終えたら 除夜の鐘の始まる前に 禅寺へ行き 坐って 静かに新年を迎えます 」 と。

それ以来 南直哉というお坊さんが気になって 本を買った。
以前から興味のあった「正法眼蔵を読む」 と 「やさしい禅入門」 Img252_2

「正法眼蔵」 は かつて紀野一義さんのお話を2回聞いたが まるでちんぷんかんで落ちこぼれた。

今回は再挑戦・・・、と読んでみたが 眠くなるだけで 全く頭に入らず 今もってPCの横に積読になっている。














Img253_3 「やさしい禅・・・」 は 立松和平さんとの対談もあって 解るということより 一応読み終えた。






Img2531 「難しいので 紀伊国屋書店で 一番やさしそうな 『老師と少年』 を買ってきました」 と
懇意にしているご住職にお話したら 
「顔を見ただけで 書いている内容がわかるだろ?それだって易しくは無い」 と 一笑にふされた。

「老師と・・」 は解ったような解らないような、だったが まあ、読めた。
生きていくことの苦しみ 尊さを垣間見た気がした。
最近いろいろあって 考える事も多く ちょうどよい時期だった。
気鋭の禅僧とは このような文章を書かれるのか・・・と 近寄りがたい思いもした。

講演を聞く前に どんな厳しい雰囲気の方かと ネットで動画を見た。

(テレビ放送の一部です・・・・) 
http://www.youtube.com/watch?v=BAtTSqtakYQ&feature=related

負けじと質問する解説者に 写真とは違った穏やかな顔で 応対していたが・・・。

お寺の祖師堂が会場だったので 簡単な法要から始まった。
導師と共に 10頭身もあるかと思われるすらりとした長身に 振袖のような墨衣を身につけて お出ましだ。

頭が固まるような難しい話・・と 覚悟して臨んだのに 講談か落語を聴いているように 
白扇を持ち 広げたり翳したり、叩いたり ながーい手をのばして 身振り手振りで 「きみまろ」 か・・・??? と。
確かに この方は あの恐い写真の南直哉さん? と 2時間があっと言う間に過ぎてしまった。

恐山の院代でもあるので 恐山の話が多かったが 想像と現実の話とは 随分違うものだと感じ 一度は行って 宿坊にお世話になりたいものだ・・、と 思った。

福井市の霊泉寺のご住職でもあるので 東京での講演は少ないのだろうが チャンスがあれば またお聴きしたい。
赤坂で坐禅会があるので参禅してみたい気がするが 風子は足が曲がらないので話しにならない。
禅道場では きっと厳しいのだろうな~~と 思っている。

サラリーマンの息子に生まれ 早稲田大学第一文学部出身 池袋西武百貨店美術品販売担当を辞めてまで 永平寺で20年も修行なさった経歴の方だから・・・。

書いたメモは 笑ってばかりいたので 読み返しても辻褄あわなくて書けないが きっと あの笑いの中には 汲み取るべき大事な事を話されていたのだろうと いつも 「参加して 聞くだけ~~」 の風子に呆れている。

最後の 言葉が良かった。

「坊さんの話は 8割引で聞いてください」 と。
お坊さんの話は数え切れないほど聴いているが いつも割り引いて聞いているので 頷けた。
大笑いして ストレスが飛んで行った熱い熱い講演会だった。

秋風でも吹き始めたら 積読の本にも再挑戦しようかな~~・・・・。

  

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2010年8月28日 (土)

会えたらいいね・・(429) 草津ー③

朝一のバスで白根山へ湯釜を見に行き その足で帰る予定なので 早めに目覚ましをかけた。
白根火山行きの始発には早すぎるけれど 珈琲でも飲みながら待っていればいい。
旅に出ると この待っている時間というのも良いもので 辺りの人を観察したり 土地の人同志のおしゃべりが 耳に入ってくるのも面白い。

80歳過ぎかと思われるおじいさんが ソフトクリームを食べているのだが クリームを立ててある器ごと持っているので なかなか上手く行かなくて 結局中身だけ舌が届く所まで食べて 外側は残ってしまった。
あらあら・・、と思ったが、可愛いのと 可笑しいのとで・・・。

もう一人の常連さんと 店員さんとの会話
店員  「夕べ 救急車が来た見たいだね・・・」
老人  「あ、それ 俺、俺だよー」 
店員  「じゃあ、どうしたのォ、此処にいま 居るじゃない?」
老人  「ふらふらして 大丈夫だって言ったのに 乗せられたんだよ」
     「さあ、帰るから ガムとキャラメルね!」
店員  「いつものね! ガムって・・・?、 入れ歯に付かないグリーンのね」 

 お二人のご老人 朝から珈琲なんてお洒落~~。  まだ 8時半。
 朝湯からのお帰り・・??

バスは 万座温泉経由軽井沢行きだったが ロープウェイに乗る人が殺生河原でほとんど降り 白根山では 2,3人の乗客を残しただけだった。
それにしても 若い人たちは みな殺生(さっしょう)と言っているのが 気になる。
これもおばさんの お節介?


湯釜への上り口には 思いがけずヤナギランが咲きP1000232

好きなヤマハハコが両側に乳白色の花を可憐に咲かせ エゾリンドウ、オヤマリンドウも競演だ。

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黄色い母子草も好きだが 河原ハハコと このヤマハハコの不透明の白がなんともいえない。
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よく見かけるイタドリも 高原で見ると別の花に見えるのは心の持ち方が違うのだろうか。

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アカモノ、

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秋が待ち切れないのか 気の早いニシキ木が ところどころ色づいて。P1000275

午後になると 下からガスが上がってくるので 見えなくなってしまう湯釜も 晴天続きなので はっきりとミストグリーンの水を湛えて居る。
前回は 雨上がりで 一時間も粘ったのに顔を見ることは出来ず 心を残して帰ってきたけれど・・・。

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下に降りて振り向いたら 小さなカラマツが一本 白い雲に映えて 大きく見えた。

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時間も充分残っているけれど 軽井沢へ足を伸ばす元気も無い。
せっかく背負ってきたスケッチブックを出して 炎天下の元で描き始めたけれど 気力も無くなって 放り出した。
最近は いつもこんなふうで いっそ持たないで来れば荷も軽いのに・・・と 毎回思いながらも背負ってくる踏ん切りの悪さに呆れている。

草津まで戻るバスが来るまで パンと珈琲で時間をつぶし 草津では練馬までの直行便を待って 骨董屋を覗いてきた。
欲しいものはあるけれど 明日の事は分からない年なのだから・・・、と納得させて バスに乗り込んだ。

次回は あるのだろうか・・・?と 旅に出ると 帰りは いつも淋しくなる。

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2010年8月27日 (金)

会えたらいいね・・(428)  草津ー②

夜になっても わが家と違って PCは無いし 本を何冊か持ってはきたが お風呂とビールで読む気力もなくなって 早めに床についた。 

早朝の露天に入ると 木漏れ日が差し込んで 今日も暑くなりそうな気配を感じる。
持って歩くだけのスケッチブックを 一応 背中に入れて 森へ入った。
温泉地から15分ほどの高原は リゾートマンション、ペンションが立ち並び 早朝は避暑に来ている方たちが行き交うが みなさん挨拶を交わして通り過ぎてゆく。
森の中の道は サイクリングロードにもなってiいて舗装されているので 脇道へ入りたいのだが あちこちに「熊にご注意」の看板があったり 熊よけの鐘があったりで ちょっと恐いので 決まった道を歩く。

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避暑地なのに すれ違うと 「おはようございます、今日も暑くなりそうですねー」 のご挨拶だから 如何にこの夏は異常気象なのか・・・と思ってしまう。

途中から下ってくると チップの敷かれた「ロイヤルコース」 へ繋がっていて 入り口には「皇后様の歩かれた道」 と 説明の案内図がある。
その時に チップを敷いて歩きやすくしたのか ベンチまで備わった 850m、40分コースになっていて それから先は 「レクの森」に入る。。
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花の数は少ないが ツリフネソウ、ノアザミ、マツヨイグサ、何処にでも有る白い花や 吾亦紅・・・・、はいつ来てもここでは 夏には見かける花だ。

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レクの森は 家族連れで賑わっていて 池では細い竿をたらして 可愛い子供達の歓喜の声が聞こえてくる。
「何年か前には ここに座り込んで蓮池をスケッチしたなー」 と 思い出した。

森の中は アスレティックや 冒険出来るコース、ミニゴルフ、テニス、など若者が楽しめる設備があって 頭上になにやら気配を感じたので 見上げたら・・・、

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遥か上を ヘルメットを被り 命綱を少しずつ架け替えて 渡っていく姿が見えた。
こちらが むずむずしてきて親(祖母?)の心境だ。
いろいろな種類のサーカスのような渡りがあって 挑戦するなんてすごーい!! としばらく見上げていたが 何処までも続いていて 終着点が何処にあるのか分からないので引き上げた。

せっかく 簡単な案内図を持って出たのに うろついているうちに居場所が分からなくなり レストランも見当たらず またコンビニで飲み物とおにぎりを買って 切り株に腰を下ろすと 心地よい風が吹いてゆく。
「今夜こそ豪華にロビーのレストランで食事をしよう!」 と 戻って来た。

宿について ゆっくり露天で汗を流してから 「いざ!」 と 腰を上げたら 「準備中」 の立て札が・・・、 一時間もあるので ソファーに腰掛けて本を読んでいたら 歩いた疲れが出たのか うとうとしてしまった。

やっと食事らしい食事が・・・、と メニューを眺めて 「これを・・・」 と決めたら 昼の部で終わってしまったそうで またまたついてない。 
とりあえず生ビールだけ先にお願いして 不本意ながら 山菜天麩羅蕎麦コースにしたが 昨日とは打って変わった上品な天麩羅で 今回は 当たりだった。

陽が沈みかけて まだ部屋に戻るには 寂しい。
外へ出て 確かあの辺にお洒落な喫茶店があった筈・・・、と出かけてみる。
オープンカフェになったテーブルには小さな火が灯って  通る人影も疎ら。 
クレープと熱い珈琲をお願いした。
アイスクリームとアップルジャム添えのクレープは 美味で ロマンティックな気分にさせてくれる。  
このお店の経営者らしい若い女性は 避暑地には相応しい素顔の綺麗な方だった。

明日は 白根山へ 湯釜を見に行こうと 足に湿布をべたべたと貼って床についた。 

  

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2010年8月26日 (木)

会えたらいいね・・(427)  ひとり旅 (草津ーその①)

何処かへ出かけたくて あちこち考えてみるが 急に、となると ツアーでさえ入れない。

仕方なく・・、というのも可笑しいが 行く先は土地勘のある草津に決めたが 交通手段に迷ってしまった。

いつもの気楽な一人旅。
基本的には列車が好きなのだが ホームの乗り換えの荷物に苦労する。
遠い目的地に直行の場合は 宅急便で送って手ぶらで楽しめるが 今回は草津なのでそれほど大げさな荷物もないし・・・・。

八場ダムで取り沙汰されている吾妻渓谷を眼下に走る吾妻線は捨てがたいけれど 何と言ってもホームの乗り換えは辛いものがある。 その上 草津上野原駅でバスを待つのには あまりにも暑すぎる。
渓谷を眺めながらの旅は紅葉の秋にとっておいて 今回は高速バスで 草津まで直行にした。
新宿発「湯めぐり号」は Gシートが取れたので 練馬区役所前からゆっくり座って行くことにした。
伊香保経由だったので バスターミナルまで4時間弱で到着。
100円の市内循環バスで宿まで直行し 一息ついて西の河原の露天風呂で 旅の汗を流しながら 明日の予定を決めようと出かけた。

(西の河原を上がっていくと 露天がある)

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(あちこちに湯煙があがって 小さな池の湯は熱くて手が入らない)

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古い温泉場は 閑古鳥が鳴いていると聞くが 湯畑周辺から鶴太郎美術館(最近は人気がないようだ)を横目に通り過ぎ 西の河原までは いつも賑わっている。
最近は若者が多いので 車で立ち寄るだけで 宿は・・・?というと 分からないが・・・。

露天の回りには 確か囲いだけで樹がなかったので 「日当たり抜群ですかぁ?」 と 訪ねたら 「露天ですからね~~」 と。
それはそうだが 木陰がなかったら 海より始末が悪い。
迷っていたら 「雨避けの屋根がありますよ」 というので 前回を思い出し 入場料500円也を払った。

海外からの温泉への観光客が増えているとは聞くが ご他聞に洩れず ここも中国語が飛び交ったり おばさんが多いと思うと大間違いで 夏休みのせいか若い女性が多かった。

いつまで浸かっていても汗が出るばかりなので 河原をぶらぶら涼みながら 早めの夕食を・・・と 街へ出ることにした。

ところが お気に入りのお店は 昼の部から夜へと準備中で 一時間待たなくてはならない。
(昼はお姉さんが食事処をして 夜は元全日本級のスキー選手だった弟さんが 居酒屋をしている)

仕方なく 地粉使用で10年舞茸天麩羅付きのうどん屋さんは入ったら 衣ばかりで大きくなった舞茸天3ヶと春菊1ヶの哀れなもので 1700円もしてびっくりだった。
草津は 美味しい食事処がなく (それはそうかもしれない、観光客は宿で食べるのだから) 地元の方に聞けば あるのかもしれないが・・・。

明朝のパンを買いに 美味しいパンやさんへ行ったら お店が無くなっていた。
仕方なく セブンイレブンで 缶ビールとおにぎり、おつまみを少々ぶら下げて 100円バスに乗って 帰ってきた。
(知人の会社のリゾートマンションの一室をお借りしたので 素泊まりなのだ。)

此処の魅力は 一階に マージャン、ビリヤード、トレーニングルーム、等の設備(風子は使わないが)整っていて 広大なお風呂と露天が有り それが気に入って 何回か使わせて戴いている。

一時間 露天と中風呂を行き来して 部屋でのんびり呑んだビールは格別で 呑めることの幸せと のんびり旅が出来る事に 乾杯。 
(一人はちょっと寂しいかな~~? それも 魅力の一つだが・・・・)

明日は 近くの草津高原を歩くことにして 迷子にならないよう地図を確認して バッグに忘れないうちに入れた。

   

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2010年8月19日 (木)

会えたらいいね・・(426) 風子 寸惑

             帰る旅

         帰れるから
         旅は楽しいのであり
         旅の寂しさを楽しめるのも
         わが家にいつかは戻れるからである
         だから駅前のしょっからいラーメンがうまかったり
         どこにもあるコケシの店をのぞいて
         おみやげを探したりする

         この旅は
         自然へ帰る旅である
         帰るところのある旅だから
         楽しくなくてはならないのだ
         もうじき土に戻れるのだ
         おみやげを買わなくていいか
         埴輪や名器のような副葬品を

                 ・
                 ・
                 ・

         私もこういう詩を書いて
         はかない旅を楽しみたいのである

                        高見 順 (死の淵より)

本棚を整理していたら こんなメモ書きが出てきた。
高見 順 という作家は名前だけで 本を読んだこともなく 多分講演会でこの詩を紹介され 「死の淵より」 という詩集を買ってみたような気がする。
病床でメモ書きしたものを 退院後 詩に書き上げ その後再入院で旅立ったように書かれている。

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風子も 「旅」 と言えるほどのものではないが ひとり旅をする。
もちろん帰る家はあるわけだが (話は飛ぶが)男性のように 母船に戻るわけではない。

ふと考えると 女性は戻る宛てがなくても旅に出られるのではないか・・・?と思ったりもするのだ。
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最近 回りの男性を見ていると 若い現役の時に 華々しく人生を謳歌していた人達が
年を経て 体力、気力、財力などが衰えて来ると 不思議と奥さんや孫の話をしたりする。
(もちろん人にもよるが 押並べて) 自分は何処へ行ってしまったのか・・・・?と。
もう 小船を出す気配もなく 母船に繋いだままになっている。

若い時からシングルの方は 自分を生きることに慣れているから 年を重ねても それなりに( 独り身の不安を抱えながらも) 自由を楽しんでいるようだが・・・。

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女性(風子の場合?)は 今まで 子供、夫のしがらみを背負って来ているので 開放され 母船ごと最後の航海になるのでは と思いつつ旅に出る。
旅に出ると 戻りたくなくなり このまま土になっても・・、と思ったりして 開放される事の幸せを満喫している。 
旅に出ることは 不安感も孤独感も伴うが それが一層旅を充実させてくれる。

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今日は 昨夜の雷雨で久々の涼風が吹き 隣家の風鈴の音が秋の気配を感じさせて
また 「旅に出たい病の虫」 が動き始めている。

駅からの道を違えて帰るだけでも 「小さな旅」 なのだと 誰かが言ってたけれど・・・。

暑さの中休みで 珈琲を飲みながら くだらない事を考えている。 

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2010年8月15日 (日)

会えたらいいね・・(425)  整理③ 父の遺品

この時期なると 決まって開けるものがある。   父の遺品。

3個の茶箱に入った 戦前の父のメモリーだ。
少しずつ処分しては 二箱までにしたが どうしてもこれ以上は悲しくて捨てられない。
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風子はその当時を知る由もないが 残されたものから 如何に長男としての責任を全うしてきたか 眺めているだけで父の胸のうちを思い 涙がこぼれて来る。

戦争の話を全くしない人だった。
叔母たちは 「長(長吉という)ちゃんは 寸足らずで徴兵検査に落ちた」 と笑い話にしていたが 父は肯定も否定もせず 一緒に笑っていた。

今思うと 決して背が高いとは言えないが それで落ちるほど低くは無かったので 多分 精密機械に従事していたので 軍需産業の一部を担っていたのでは?と思っている。

昭和初期からの地図に 山登りや渓流歩きを趣味とした父は 几帳面に赤鉛筆でルートを辿り 細かく日記をつけている。
祖母は後妻で 祖父は20歳ほど年上だったが生計も苦しく 長男として4人の姉妹の生計を担いながら その合間を縫っての 父の青春の記録なのだ。
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祖父は 今で言えば 「小使い」 という契約署員だったのだろうか? 毎年更新 任命されている。 

戦時中は 祖母を疎開させていたので 自分の危機を感じていたのか 終戦の年の3月には 万が一に備えて 祖母が途方に暮れないよう 頼る先まで細々と書き綴っているが
祖母が読めるように ひらがなで書かれていることに 父のやさしさを思う。
これは 16ページに渡って記されていて 書きながらどんな思いだったのだろうと・・・。
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家財道具の隠し場所まで 事細かに書いてあって 今になれば可笑しいが・・・。
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戦前は お茶の行商をしていたらしく お茶の瓶(かめ)や秤など 戦火の中どうやって保管していたのか 愛おしそうに 時々瓶を磨いていた父の姿を今でもはっきり思い出す。 
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新築した床の間に 風子が 「この瓶が欲しい」 と言った時 父は首を振ったが 結局は床の間に 今 二つ納まっている。

茶箱の中には セピア色になった終戦の新聞もしまわれていて 玉音放送に 父母もこんな風にして耳を傾けていたのだろうか?
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「当時の新聞は今でも手に入るから・・・」 と保存する意味が無いように言われるが 65年の間保存されたこの新聞には様々な思いが込められていて 今 再刷されたものとは違う意味があると思っている。

父が戦争の話を口にしなかったのは 風子のルーツを追求されることが 恐かったのかもしれない。
(後日分かったことだけれど 風子の出生には事情があって両親とは血縁は無く ひたすら隠し続けてきた父の苦心の様子が偲ばれる)

寡黙の人だったので想像するしかないが 残されたものを見ていると どのくらい風子が父母に愛されていたか 今となっては 仏壇に手を合わせ 感謝するのみだ。

やはり 風子が生きている間は これ以上整理することは出来ないなぁ・・・・、と 二つの茶箱を 再び 収めた。

 

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2010年8月14日 (土)

会えたらいいね・・(424)  野菜畑から

最近は 散歩がてら畑まで野菜を買いに行く事もなくなってしまった。

雑木林の木が繁って 鬱蒼として見通しも悪く 所々に「スズメバチ注意」 などと 地主さんの親切な貼り紙があると いくらおばさんと言えども恐くなっている。

それで 時間を見計らって遠回りして車で行ってみるが いつも品切れ。
ご主人の言によると この暑さでカメムシの異常発生や野菜も熱中症らしく  思うように行かないそうだ。
もぎ立てのトゲトゲした胡瓜が楽しみにだったのに 全滅してしまったそうで 第二弾を植えたから・・・、と言っていた。 
トマトもあまり良い出来ではないし 暑い中 わざわざ行くのも面倒なので 止めにした。
専門家だと思っていたが どうも脱サラの有機野菜つくりらしい。 

そんな折 今年4回目の「野菜畑」から クール宅急便がやってきた。
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前回は 風子がお願いして苗屋さんから取り寄せて 実験的に育ててもらっていたルバーブが 見事成長して (という事は 寒冷地でなくても育つということが解った) ダンボール一杯送って頂いた。
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二日に分けてジャムにして この辺では市販されてないので 友人にもプレゼントしたが 「甘さ控えめで ヨーグルトにのせて戴くと酸味があって美味!!」 と 喜ばれた。
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これは半分で 後は冷凍にしてみたが・・・。

ルバーブの欠点は 傷みが早いので 生でサラダに使えるのは束の間 ジャムも時間との勝負で作らなければならない。

今回の野菜と一緒に ワインがお供してきたので そのまま冷やしておいた。
エシャレット、新生姜、お豆腐に大葉と茗荷をたっぷりのせて ひとり暑気払いもいいかな・・・・・・?

こんな楽しみも 今年最後となるだろう。

 

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2010年8月 8日 (日)

会えたらいいね・・(423)  貧乏性

今朝は 開け放しの窓から 涼風が足を通過して 気持ちの良い目覚め。

急いで起きて 久々に熱い珈琲をいれて いつものように「日曜美術館」 とスウィッチを押すと・・・・、「そうか・・・、夏の甲子園だ~~」 慌てて切る。
風子は 甲子園にはトラウマがあって この時期になると しばらく憂鬱になるのだ。
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出かける当てはなし・・・、じーっとしていたら 汗ばんできた。
こういう日は 何かをしていないと 精神衛生上 良くないのだ。

暑いと いろいろ捨てたくなる。
先日 衣類を少し整理して 捨てようか~~と迷って そのまま積んである母の寝巻き。
入院時 起きられるようになった時の用意に ガーゼの寝巻きを何枚も用意したが そのまま逝ってしまったので 新品のまま仕舞い込んだままになっていた。

「そうだ! 私が着よう!」 
二重のガーゼは 汗も吸い取り柔らかく 最近 ガーゼの衣類は見直されている。

まず 襟はうっとうしいので外して 細いパイピングに、丈は 膝上で切った。
紐で締めると暑いので 甚平風に ゆるく細紐を付けて結んだ。
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湯上りに 好いではないか・・・、
パジャマにだって 短い袖があって肩を冷やさないし 下は適当なものを・・・。
我ながら お財布の中身同様 やりくりが上手いな^~ と 出来上がった物に満足している。

おまけに 裾を切った残りが ちょうど手拭いより少々長くあるので 端ミシンをかけて お散歩用の首巻に。

ちょっと 貧乏くさいけれど 実用そのもの。

これで 一日を有効に使えた・・・、と また 珈琲を飲んでいる。

 

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2010年8月 7日 (土)

会えたらいいね・・(422)  いのりのかたち

まだ7時だというのいに 着替える服がもう汗で貼り付いて 出かける仕度の邪魔をする。
何でこんな暑いのに行かなくちゃいけないの・・・、何処といって具合が悪いわけでもないのに 採血して エコーを撮って びっくりするほど高い薬を飲まされて・・・。
4ヶ月拒否した薬を 癌になる前に・・・という担当医の説得に負けて 不本意ながら日本橋まで月一度行く。
これだけで 福沢諭吉が二人も逃げてゆく。

今日はお昼前に終わる筈なので 友人を呼んでお食事でも・・・、と電車の中でメールをしかかったら メールが入って来た。 
「根津美術館へ行って来ました。仏像や軸など 良いものありましたよー。でも さーっと観て 木立の中のレストランでお食事してきました。風子さん きっと お好きかもよ」

即 行き先が決まった。
しばらく休館だったが 去年10月に新装なってからは 行っていない。 
日本橋から銀座線で 表参道まで乗り換えなし。 樹に囲まれたレストランでお食事だけでも好いなー、と。

表参道から ブランド店には脇目も振らず 美術館へ。

アプローチの竹の爽やか緑が 気持ちを入れ替えてくれる。
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ロビーに立つ仏像は みな柔らかな微笑みをたたえ 暫し行きつ戻りつしていたら疲れてしまって お目当ての八十一曼荼羅を観たらお茶にしようと。
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不謹慎だけれど 仏様の数を数えたらどうしても4体足りない。
円の外のを数えてなかったことに気がついた。
(パンフからの切り抜きです)

軸や書画は彼女のようにさーっと観て通り過ぎようとしたら 目に留まった不動明王。
小柄ながら逞しく チャーミングでさえある。玉眼が入っているというけれど よく観る事が出来なかった。  お持ち帰りしたい!!
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全室 一通り観て 庭へ出る。
ちょど午後の日差しが差し込んで カンカン照りだけれど 仏様はじーっと暑さをこらえて木立ちの中にお住まいだ。

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とうとう暑さに堪えきれなくて カフェへ・・・。
樹林を見下ろしながら軽食をとり 珈琲を片手に 「通院も悪くはないな~~、わざわざこの暑さに出て来る勇気はない。ついで・・・ではあるけれど 月3ヶ所の都内散歩出来るのも いろいろな持病?のお陰」 などと自分を慰めている。

陽は西に廻って影を落とし 来る時とは違った道が次回を約束させる。
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赤坂見附行きのワンコインバスが渋滞で止まっていたが 
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バス停が分からないので諦めて 渋谷まわりで帰ってきた。 

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2010年8月 5日 (木)

会えたらいいね・・(421)  老後の老後

昨今 ニュースになっている 独居老人。

母も 生前はひとり居を通してきた。
わが家を建てる時も 両親の部屋を 東南に広縁、床の間、好きな堀炬燵をつけて
優先した。
けれど 自由気ままな生活を好んで 泊りには訪れたが頑として一人暮らしを続けた。
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当時 K市は老人に厚かった。
毎月お誕生日の集いがあり 旅行もあり 何より有り難かったのは ヤクルトの配達で 週3回(だったか?)は 配達されていた気がする。
配達されたヤクルトが置き去りになっていると 配達員から市?へ連絡が行くシステムになって居たようだ。
いつのまにか 財政の問題からか 無くなってしまっていたが・・・。

家督制度が廃止になり 核家族化して夫々が独立の自由を獲得した。
とはいうものの 親の老後を誰が・・・、というと 夫々に理由があって 同居を拒否せざるを得ない。

風子は子供の頃から 「お前は親を看るんだから・・・」 と言われて育ち 就職も結婚も常にそれを念頭に置き 半ばそういうものだと諦めていた。

同居するにしても 昔は親の力が強かったから 舅としての立場は確保されていたが 今はローンの終わった家を明け渡して 自分の部屋は一部屋、 子供夫婦に気遣いしながら孫のお守りをする時代になってしまったようだ。

わが家も核家族で 独立して生活しているので お互いに気遣いの必要もなく 時々の訪問で元気を確認しあっている。

いづれ近い将来は わが家もどちらかが独居になるわけだが 今の所 自由さを変える予定は無い。

尊敬するご住職が お寺を息子さんに代変りして 九州のお寺の要職につかれたが
任期中に温泉付きケア付きマンションを買われて もうこちらでの隠居はなさらないようだ。
何度も法話の中で 大家族の良さを説かれていたので いづれはこちら戻って 隠居の立場でお話が聴けるかと楽しみにしていたが やはり別居の自由さを選んだのかも・・?と お坊さんも人の子・・・、 説法と現実の違いにちょっとがっかりしている。

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(こんな生活が 昔は当たり前だったんですね・・・・、わが家ではありませんが・・)


風子は祖母と暮らしてきたので 祖母の温かさにどっぷりつかって生きてきた。
母に言えない事も祖母には相談できた。
おやつも分け合った。
火鉢の灰を 富士山の裾野のように慣らす手の皺を寄せては 何本の皺のすじが出来るか繰り返したり 編み物の糸を腕にかけて巻きながら 沢山の話を聞いた。

今も 祖母の顔ははっきり憶えているし 時々会いたいと涙がこぼれたりする。

老後の老後は 同居が良いのか このままで行くか・・・? 
自由さを知ってしまった母は 娘(風子)が用意した部屋に来なかったが 今 母の気持ちが良く分かる。

公的施設は飽和状態、さりとて 温泉付きケア付きマンションへ行く財力もなし・・・・・・。

友人はいつものように 「その時は その時よ・・」 というに違いない。

 


     
 

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2010年8月 1日 (日)

会えたらいいね・・(420)  整理 ② 預金(貯金)通帳

次は 数だけは多い通帳の整理。

大金の入った通帳整理なら 喜んで子供達はするだろうが 端数の残った通帳が何冊あっても 見向きもせずに 捨てられてしまう。
仕事先で義理で作ったり、振り替え専門、学費の払い込みの指定口座等々で その必要もなくなって 僅かな残高のまま睡眠口座になっている。

端数と言ってもお金には違いないのだから 安売りのスーパーを廻る事を考えたら 貴重な端数なので 解約することに。

暇なので 銀行で時間がかかっても 涼みながら待っていればいい。

☆ Uチョ 銀行 
  
①家人名義なので 解約はご本人でないと・・・・、というので 解約でなく 引き出して仕舞おうと思ったら 暗証番号が分からず 文書でするには 民営化以前の通帳なので身分証明が必要とかで 引き戻って保険証を持参して 引き出した。
②娘名義の 古ーーい通帳。
暗証番号3回間違って使えず 印鑑相違で出直すことに・・・。
「結婚してしまったので印鑑もってるかな^~?」 と独り言を言ってしまったら
「ご本人じゃないんですか?」 と言われてしまった。
別のUチョへ出直し。

☆ SM 銀行

すんなり解約できると思いきや 夫名義は やはりご本人でないと・・・、と。
「勤務先で お付き合いで 私が作ったんです」 というと
上司となにやら相談の結果 風子に夫の名前を書かせてみて 筆跡鑑定の様子。
「筆跡が合ってましたから・・、」 と 解約OK。

☆ M U 銀行 

家人が お付き合いで作った風子名義の口座なので 印鑑がない。記帳してみて 残額を一円の単位まで カードで引き出し。
解約してないので こちらは通帳、カードを破棄しても 口座が残ってすみませ^~ん。

☆ TM信託銀行 

残高をそっくり引き出して・・、と思ったら 千円単位でないと下ろせない。
残りの755円は捨てる事になってしまうので 245円入金して・・・、と思ったら
これまた入金も千円単位(当たり前です)
仕方なく ロビーレディーさんにお聞きしたら 「文書でご入金ください」 とのこと。
「申し訳ありません、小額なのに お手数かけて~~」 と平身低頭で 入金。
信託銀行は 千円以下はATMでは扱わない事を 初めて知った。
(振込みは どうなのかな~~?)
千円単位で引き出し 残高0、 これも 内心 睡眠口座になって ご迷惑おかけします・・・と。

解約した銀行も 残高0で睡眠口座にしてしまった銀行も 「長い間 お付き合いいただき有難うございます。機会がありましたら またよろしくお願いいたします」 と ご丁寧にお見送りいただいた。

月末で忙しい時に このおばさんは~~、と思われていたに相違ない。
さすが銀行員! しばらく店内への出入りはしなかったけれど 一時より対応が丁寧で 好感が持てた。

もしかしたら 睡眠口座の数が減って 管理上 良かったのかもしれない。

10年くらい前に買った 「エンディングノート」 を 出しては眺めているだけだったが 
このページだけは 簡単に書けそうだ。
P1000132 P1000133

塵も積もれば・・・・。
小銭もかき集めれば・・・、思いがけずラッキー!! に変身。
お陰で ちょっとしたお小遣いになり 温泉一泊できそうだ。

通帳とカードは 破棄したが 大分前に 「通帳3万円で買います」 という案内が息子宛に来ていた事を思い出した。
こういう通帳が 振込み詐欺に利用されるのかもしれない。

帰りは小平まで足を延ばし 友人の珈琲焙煎のお邪魔をして 暑い珈琲でゆっくりおしゃべり。

無駄に過ごす一日が 有意義な一日になった。

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