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2010年1月28日 (木)

会えたらいいね・・(374) 春一番

春が待ち遠しいのだけれど 風子にはその前に通過しなければならない課題が控えている。

今年の春一番は きっと早いのではないか・・・、という気がしている。
毎年 春一番が吹いてから気がつくのだけれど 体がそれを察知して しばらく前から関節の疼きが始まるのだ。

絵を描き始めたので そのせいかと描かないで見るが それでも疼きは休んでくれないのだ。
使って痛いのは当然のことで 使わないで居る時は痛みを忘れているのだから
自分でも持病のことは頭に無く 至ってご機嫌で居られる。
けれど 疼きというのは静かに本を読んでいたって 鬱陶しく迫って来て よほど本に集中しない限り忘れることは出来ないのだ。
手を上げていると楽なのだが 常時そんな格好をしているわけにもいかない。

最近 精神的に少々落ち込むことがあってか それとも昨年春の手術後 8ヶ月間のリハビリで指の関節を酷使し過ぎたことが原因なのかわからないけれど とにかく疼く。

CRP(炎症)も低いし レントゲンでも さして悪化した関節が見つかったわけでもない。
担当医は 「好きなことだけしていなさい。楽しいことが免疫力を高めますから」 とお決まりのことを言うが いくら勝手な風子であっても 一人で生きているわけではないから 人並みの悩みも苦労もあるのだ。

Dscn4164 きっと 春一番が近づいているのかもしれない。

あーあぁ、 やだやだ。
15年も付き合っているのだから いい加減に風子を諦めたらどうなのだ。
いくらしつこく取り付いたって 普通は嫌われている事が分かったら諦めるものだ。
そして 春一番が吹いて進行した手は また変形し哀れな手指になってくる。

先日もデパートで 飛び出している指がグラスに引っかかって落としてしまい 床にガラスが飛び散って 平身低頭で謝ったが お客さんの視線が一斉にこちらに集中して情けなかった。

Dscn4166 元気な風子さんだって 泣きたい時がある。
「痛い」 と口には出さない事にしているし あまり元気なので 「仮病じゃぁない?」 って言う人もいるけれど・・・。
また 愚痴になってしまった。

Dscn4190でも・・・、やっぱり春は待ち遠しい。
庭の春蘭も 数えてみたら 20を超える蕾をのぞかせていた。
Dscn4194 紅梅も 辛夷も ハナミズキも 沢山の蕾を付けて 春を待っている・・・・、もしかして誰かが言うように 蕾たちは 春を迎えに行ってるのかもしれない。 

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2010年1月22日 (金)

会えたらいいね・・(373) 春が来た

厳しい寒さが続いて 急に訪れた束の間の暖かな一日 南房総のお花畑へ。

埼玉から東京を越えて南房総までは かなりの旅になる。
まして方向音痴とくるのだから 検索に検索を重ねて乗り換えの楽なコースを決めた。
有り難いことに 友人が蘇我まで迎えに来てくれると言うので そこからは足があるので安心だ。

どこをどう走っていったのか 地図を見ても思い出せないのだから困ったものだが とりあえず「白浜フラワーパーク」に到着。
まずびっくりしたのは 入り口に入場券売り場があって 420円也を払った。
お花畑で摘んだ花は受付で代金を払うのに・・・、と文句を言いながらも 渋々中に入ったけれど 大温室には見るも哀れな観葉植物がちらほらあるだけで 工事中のような温室だ。
ストックや金魚草は 温室のものはまあまあだが 地植えのポピーは丈も短く情けない育ちだった。
その上 東京より高い値段だ。
早々に退散して 千倉へと向かった。

風子の思うお花畑は あくまで路地植えで 一面に広がった処で抱えるほど花を摘むことなのだから・・・。Dscn4161_2

やがて道の両側にお花畑が見え始めた。

広い畑に小さな小屋があったり  畑の持ち主さんがあぜ道に腰を下ろしていて それぞれ持分が違うそうだ。
脇にしゃがんでいた小柄なおばあさんに尋ねると 「奥の畑におじいさんが居るから」 というので行ってみると 耳が遠いらしく頓珍漢な答えが返ってくるが 人のよさそうな方で ここで摘ませてもらうことに。

南房総で活躍なさっている方が ストックは茎の太いものが良いと教えてくださったが
そこまで考えて摘む間もなく あれもこれもと迷って 抱えきれない数になってしまった。
おばあさんが手際良く箱に詰めてくれて 宅急便で送ったが翌日午前中には到着。Dscn4175

部屋の中が一気に春が来たような香りに包まれ 至福のひと時だ。

さあ、それからが一仕事。
春を待ちこがれている友人に 春のおすそ分けを届けなくては・・・。
ダンボールに詰めて また花は旅にでた。
今日あたり 届いてくれると思うが・・・。 

また 春を見つけにどこか旅したいと思っている。
次は 落葉松の芽吹きを見に八ヶ岳はどうかなーと。

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2010年1月10日 (日)

会えたらいいね・・(372) 赤い彩の森公園

彩の森公園へ行くには 狭山市経由と入間市を回って行く方法があるけれど 今日は行政道路から行くことに。

産業文化センターを曲がって 一瞬ブレーキに足が行った。
反対車線に消防車の行列なのだ。 10台は在ったかもしれない。
火事で消火の帰りかと思い どこで大火事があったのかと 公園へ入るにも消防車の間をくぐって入った。
入って またびっくり。あちこちに赤い車が・・・。Dscn4106 Dscn4107 Dscn4108 Dscn4109

今日は出初式だったのだ。

それなら もう少し早く来て (まさか梯子のぼりはないだろうけれど?) 見ればよかった。

日曜日とあって 家族連れがバドミントン、凧揚げ、サイクリング、と冬の日差しを浴びて楽しんでいる。
風子の子育て時代はすべて母親に背負わされ 休日は家庭サービスなどなく 父親は自分のためにだけ使っていたものだが 今の若い世代は子供にとっても幸せな事だ。

梅がほころび始め 青い空に真っ白な雲が風に流れてゆく。

Dscn4110 Dscn4111 Dscn4120 Dscn4113

先日来 出掛けることが多く 少し歩き過ぎているので痛みが落ち着く暇がなく 腰まで痛くなっているので 担当医に腰も崩れてきているのかとお聞きしたら 腰には来ないそうで安心した。 
足を庇って歩くので それが原因のようだった。

少し早足で歩いてみると 結構いけそうなので続けて歩くと慣れてきて スムーズに動くようになった。
調子に乗って歩くから 後で苦労するのだ。

何年か前は 青信号で道路が渡りきれずあせったものだけれど 今は早足でも歩けるし
もしかしたら 走る真似くらい出来るかもしれない。
歩けることへの感謝、嬉しくて青い空を見上げる。

そうだった・・・、「上をあまり見ないように、」 と言われているのだった。
「痛みがなくても 頚椎が崩れていることがありますから 頭の重みで突然・・・」 と。

まあ、その時はその時考えよう・・・。

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2010年1月 7日 (木)

会えたらいいね・・(371)  幽麗

タイトルの麗は 誤字ではないんです。

[370」 で 先に土偶展を紹介したけれど もうひとつの目的はこの作品を見ることだった。
ある方のHPに この作品が小さく載っていて 気になって仕方がなかった。
石膏なのか 木彫なのか アクリル関係なのか そして何を象っているのか不思議な感覚を覚えていた。

ところがHPの中で 息子さんの作品の何体かの作品を拝見した時 旋律が走った。
http://smcb.jp/_as01?album_id=398972

何かわからない不思議な物体への驚きと怖さ、よく見ていると美しく 繊細なひだに覆われて 仏様の衣のひだのようにも思えてきた。

芸大の大学院に進みまだ東京にいらっしゃるようなので いつか個展を催したときには是非拝見したいとHPにコメントを入れた。

運よく [台東区長奨励賞] の作品が 上野の地下通路の展示ブースに2月頃まで展示されていると教えていただいた。

http://www.city.taito.tokyo.jp/index/064589/070359.html

それで どうしても見たかった。

上野公園からアメ横を抜けて地下道に入り ひと気のない道をかなり歩き 見つけた。
一本の丸木から彫り上げたものだそうで 気の遠くなるような作業の繰り返しなのだと思うけれど その繊細なひだは見事なものだった。
まさにタイトルどおり 幽玄で麗しかった。

Dscn4072Dscn4074_2

ご両親は ご自分の果たせなかった夢を息子さんと一緒に見させてもらっているとおっしゃっている。
今の時代 風子は 早く自立して欲しいと子供の夢も抑えてきた。
子供自体 夢などなかったのかもしれないし あったとしても苦労して叶えようとは思わなかったのだろう。

どういう結果が夢を叶えたということになるのかは分からないが 創作にかける意欲を失わないで欲しいと思いながら帰ってきた。

今も あの繊細で優雅な彫りと胡粉を塗ったような白い作品が 目の前に映っている。

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会えたらいいね・・(370) 土偶展

その日は 上野へ彫刻を見にいくつもりでいた。
上野へ行くなら土偶展も見たいし・・・、と朝早め(といって遠に太陽は上に)に起きた。Img225
ゆっくり珈琲タイムをとって 仕度をして外へ出てみたら風がかなり冷たく 寒々とした公園を歩くのも・・・、と諦めてしばらくPCの前に座ってみたが 気になって仕方がない。
昼過ぎて やはり行くことに決めた。 

正月明けの上野はさすがに人も少なく 2ヶ所の路上パフォーマンスに群がる人も閑散としていて気の毒なくらいだ。

http://www.tnm.jp/jp/servlet/Con?pageId=A01&processId=02&event_id=6908

土偶は 本館の照明のおとされた室に 60体ほど展示されていた。Img2261

ひとがたを土でつくり素焼きされたもので 発生は13000年前まで遡ると言う。
殆どが女性で しかも妊娠しているものが多いのも興味深いが それは祈りや神秘から来ているという。
完全な形で出土されたものが少なく手足が壊されているが 最初から再生を願って壊すことを前提に手足、胴を分けて作られてれていたという。2
立っているものが多いが 座位のものも有り 祈りと同時に出産が座位であったことも伺われるようだ。

時代が移るにつれて 形も十字であったり中空、 また目もゴーグルをかけたような滑稽なものも有り 一つ一つ説明書きを読みながらゆっくり見ていたら 縄文の時代に生きていたかったな・・・、と思ってしまった。

一室で物足りないかと思ったのに 根を詰めて回ったのでかなり疲れた。 

                       (写真は パンフレットよりお借りしました)

 

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2010年1月 4日 (月)

会えたらいいね・・(369)  待つ

何年か前の年賀状に 「待つ」 という二字を書いたことがある。

今でも 「待つ」 と言う言葉が好きだが いつ頃から・・・、と考えると 
多分 中学を卒業した頃からだったような気がしている。

卒業時にサイン帳を持って職員室へ行き 先生にサインをいただいた。
数学の先生が大好きで サイン帳に書いてくださった言葉に感動し 暗記しては時々口ずさんでいたからかもしれない。Img224_2

 若芽 伸びるを待ち
 青い麦の葉 踏まれるのを待ち
 可愛いつぼみ 蜜蜂が待ち
 木の実 落ちるを待つ

 これ自然の姿なり

 春に生まれ
 夏に育ち
 秋に嵐に流され
 冬に泳ぐ大海の金魚となりぬ
 これ 我の姿なり

今 読み返すと アレ? と思わないでもないが・・・・。

その後一度もお会いしたこともなく消息も知れないが 大学を出たばかりで 目の大きな背の高い方で憧れの先生だった。

今でも風子は いつも何かを待っている。

それは 人であったり 手紙や荷物、電話・・・、それだけではなく 何であるかは はっきり判らないが 待っている。Dscn4047

待つという言葉以上に 待つことを楽しんでいるのかもしれない。
だから 人との待ち合わせもよほどの事情がない限り 約束の時間に遅れたことはなく 
先に行って待っている時間が楽しい。
恋人だったら申し分ないが この年齢になると 残念ながらときめいて待つということは有り得ないことだから。

若い頃は 何時間も待った。
3時間も待って来ないと 何か起きたかと心配になり 到着すると安堵感で怒る気もなくなり その結果振られたりして 馬鹿だったなー、と思い出しては苦笑いしている。

今は 季節の変化を待つのが好きだ。
今年も始まったばかりで 寒さが和らぐのを待ち 道端の草達が芽を出し 木々が芽を吹いて小さな蕾をつけ 咲くのを待つ。
そして また枯れて 繰り返す。

我が家の野菜も 待っているうちに伸びてしまった。Dscn4054
左 ツタンカーメン(豆)、中 ハヤトウリ、右 大根の切り落とし

ハヤトウリは 芽が出てしまったので伸びるのを毎日待っていたら どんどん伸びてジャックと豆の木のように 天まで届くかと 楽しみに待っている。

 
  

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