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2009年10月28日 (水)

会えたらいいね・・(357) 久しぶりのツアー

前日からの強い台風に中止になるかと思っていたが あっという間に台風は通過して無事決行となった。

「わたらせ渓谷紅葉列車、高津戸峡、吹割の滝、富広美術館」 と盛りだくさんの日帰りツアー。
気ままな一人旅に慣れているので不安はあったが 列車を乗り継いで行くのも難しいものがあって 安易なツアーにしてしまった。

バスは4ヶ所からお客を乗せて わたらせ鉄道へ。 
「大間々~神戸」 間を2両編成のあづき色の電車で移動するのだが 車窓から見える渓谷には水は無く 見えるのは線路沿いの家ばかり。
神戸近くなってやっと木々が見えてきたが 紅葉の気配はまったく無く 騙されたような気分になってきた。
自然相手の旅はこんなものだと納得させて 富広美術館へ。

ここへは 3度目だ。
最初は 不自由な体で描かれた絵と詩に心を打たれ感激した。
二度目は 本や作品の描かれたカレンダーを見すぎたせいか 感動もなくなってしまった。Dscn3481
そして今回は ざーっと一巡して足早に外へ出た。
庭に出ると りんどうがブルーの花を いくつも咲かせていた。
大きな背伸びをして空を仰ぐと 台風一過のすんだ空に白い雲がゆっくりと動いていった。

あの館内では 息が出来ない気がしていた。

障害者で口で描いているという事に とらわれ過ぎているのがいやだった。

詩も絵も素晴らしく 芸術家、詩人として確立しているのに 障害者なのに・・、という説明が付く。
ルノアールだって 晩年はリウマチで手に筆をくくりつけていたと聞くが あの絵を見る時はそんな目で見たりはしない。ひとりの芸術家なのだ。

出発までの一時間半を 草木湖の近くまで降り こしかけてスケッチして時間をつぶした。Dscn3483 Dscn3487

バスは 吹割(ふきわれ)の滝へ。

赤城山の裏側で高度が高くなったせいか やっと葉が色づき始めている。Dscn3491
豪快だ。
水量が多く 足を滑らせないよう十分注意して歩くのだが 飛沫が掛かり 枯葉が濡れて恐い。Dscn3500
久々のツアーは  車内での物品販売、漬物や、お土産店へより 商魂たくましさは変わっていなかった。

それにしても 疲れた。
・・というのは お隣の座席の方が話好きで 到着するまで話をし続けだった。
「朝 早かったので帰りは寝て帰りたい」 と言っておいたのに  まったく効果なく ぐったりして帰ってきた。

やはり 一人旅に慣れてしまうとツア一は合わないということを再確認した旅だった。

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2009年10月21日 (水)

会えたらいいね・・(356)  10月21日

あの日もこんな秋空に白い雲が浮かんで 期待と不安で荷物を両手に抱えて 産院のドアを開けた。

窓から差す陽の光が眩しかった。 
10月20日 前日からの陣痛に異変を感じたであろう医師は急遽鉗子分娩の処置をとったらしい。
初めての経験にそんなこととは露知らず 4250gで大きな産声をあげたわが子に喜びを感じていた。

初孫が自分と同じ誕生日で ましてや美智子妃殿下と同じくすることに誇りすら感じていた明治生まれの母は この上ない喜びだった。

それが21日に急変し 25時時間の短い命は消えた。
鉗子分娩による脳内出血。
医者は 「血管の切れやすいお子さんでしたね」 の一言で終わった。 

庭に出て見る。
 
背に心地よい陽射しを受けていると 忘れられない秋の一日が 子供の泣き声と柔らかな5本の指で風子の指を握った感触とともに思い出される。

夏の終わりに刈り込んだベゴニアが ここ数日の暖かさに二度目の花をつけている。Dscn3463
有難いのだが しばらくは咲いているので春の花に植え替えできない。
ウインターコスモス、セージ、千日紅、ホトトギス、菊、リーガルベゴニア、インパチェンス、秋海棠・・・、もう遠に終わるはずの花が名残を惜しんで命を燃やしている。

庭の花をほとけさまに供えるのは母譲りだが 今日も色とりどりに花瓶に差す。Dscn3459
いつも帽子も被らずこごんで草取りをしていた母は 首が赤銅色に焼けていたが 風子もふと鏡を見ると 首の周りがTシャツのUに日焼けしていた。

狭い庭も 初雪かづらはもうすっかり鮮やかな紅色に化粧変えしている。Dscn3467

あっという間に秋は通り過ぎ 木枯らしも間近だろう。

家人すら子供の命日を忘れてしまっていることに 悲しさが増してくる。

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2009年10月10日 (土)

会えたらいいね・・(355)  鉄アートを訪ねて

期待と不安を抱えて 鉄のオブジェを訪ねて カフェギャラリー {夢美} へ。

木曾の友人も行ってくださるというので 木曽福島からはのんびりと田舎の駅を楽しみながら各駅停車で行くことにした。
塩尻までは50分、そこから中央本線で茅野まで30分ちょっと。
駅まで ギャラリーのオーナーさん(作者)がお迎えに来てくださることになり どんな方かと興味津々。

「この世の人とは思えない、宇宙人みたいですから・・」とメールをくださって 笑ってしまった。 
昔の車に趣味があってご自分で改造して乗っているというので どんな車で来てくださるのか気がかりで 「走っていて タイヤが飛んでったり・・?」 なんて冗談を言っていたら 
面白い車が停まり 降りてきた。

「芸術家だぁ・・!」 と直感。

茅野の町を案内いただきながら 10分足らずで到着。
入り口から面白いオブジェが沢山あって 中には一日居ても飽きない作品の山だ。
椅子、、テーブル、ベッド、棚、その他家具はほとんど手づくり。
「わー、この椅子 気に入ったわぁ」 と言ったら 「持ってきますか?」 と真顔で言うので ほんとに頂いて来たくなったけれど 我が家は置く場所ないので割愛。

感激して写真を撮らずに帰って来てしまったので 今日届いた作品をまず・・・。 Dscn3405 Dscn3406 Dscn3410 Dscn3403
『鉄クズの中から生まれた彼等展』 のはがきにこんなことが書かれている。

☆作業場で仕事をしていると 色々な鉄クズの中に人の顔をしたものがあったりするのです。
「私を世の中に出してください!!」 「よし・・・、おまえを作って出してやろう!」 それからは夢中で作り上げるのです。

キャラクターは埋もれています。ちょっとした加工で味のある色がでてきたりして面白いと思います☆

このお人形の顔やドラム、シンバルは動きます。

手も足も顔も 何からできているか想像できますか?

身近にある自転車、車、農機具などの鉄クズだそうです。

ユニークな芸術家さんだ。 作品の元は何だったか当ててみるのも楽しい。

紅葉を見ながら 八ヶ岳へ行く途中にあるカフェギャラリーと 面白い車に出会ってみませんか?
 

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2009年10月 9日 (金)

会えたらいいね・・(354)  木曾福島へ

今年2回目の木曽路への旅

夏には2泊して宿場を回ったが 今回はあの開田高原へもう一度行ってみたくて 「スーパーあずさ」 に乗った。
木曽馬の里で 白樺に囲まれた蕎麦の花を見たかったが その時季には都合がつかなくて 友人から 「もう茶色になってますよー」 とお知らせを頂いて  新蕎麦を食べる目的になってしまった。

紅葉には少し早く 台風の前ということもあってか訪れる人も無く うっすらと靄がかかった静けさの中に佇んでいると こんな時季でよかった・・・、とさえ思ってしまう。

「とうじ蕎麦を食べてみませんか?」 というお誘いに どんなものか興味もあって早速「ふもと屋」 へ向かう。
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Dscn3337 新蕎麦が待ち遠しい。このざるのようなものに蕎麦を一玉入れDscn3340
火にかけたお鍋の中でさーっと温めて器にとっておつゆを入れて頂くと お蕎麦が柔らかくならないうちに 香りも好くいただける。
「とうじ」を「冬至」だと思っていたので かぼちゃも入っていないので 由来をお聞きしたら 「投汁」から来ているとの説明になるほど・・・、と納得した。
Dscn3341 さすがに歴史の重みを感じるお店で こんな宿に泊まるのもいいなあ・・・と 次回を楽しみに後にした。
今日は 開田高原と駒の湯に泊まることを目的に来たので ゆっくりと出来る。
駒の湯さんはお気に入りの宿で   地酒中乗りさんと心づくしのお料理を頂いた。
その日は男性客の団体さんが入っていて 女性客は3人。
お陰で露天は貸切で 誰も居ない。一人はちょっと淋しい気もしないでもないが その心細さと気楽さが 至福の一夜にもなる。

翌朝は八ヶ岳の鉄アートのお店を友人と訪ねるので お迎えの車が来るまで 裏山を散策。Dscn3355 Dscn3357 Dscn3358 Dscn3365_2
木曽福島から塩尻まではローカル線でゆっくり行くことにして 宿を発った。 

 

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2009年10月 1日 (木)

会えたらいいね・・(353) 母の日は誰が決めた

「今日は誕生日です。丈夫な体に産んでくれてありがとね」 
息子からのメールが入る・・・・筈、だったが。

もういい年をした居候の息子だが 風子が寝ている間に出勤するので 誕生日の朝は毎年メールが入ってl来る。
それが今回は12時を回った時点で そっとふすまを開けて誕生日の報告を告げていった。Dscn3253

「そんなに感謝してるのなら もう少し自立して生きなさいよ。口ばっかり調子好いこと言って・・」 と心の中で思うけれど
感謝の言葉は まんざら口だけではないようだ。
 
先日も仕事中あばら骨を骨折したが 「よくこれだけで済みましたね」 と医者に言われるほどの怪我だったのに 「頑丈な体に産んでくれてたからだよ」 と 一日も休まず体力勝負の職場へ出かけていった。

今まで数々の苦労をかけてきた事への せめてもの気持ちだろう。
頭脳明晰とは言えないが 大した病気もせず 健康第一で 誕生日を迎えられた事は 風子も一端をになっているというわけだ。Dscn3246  

「吾を産みし日こそ母の日つくし出づ」  無着成恭「忸怩戒」(水書坊)より

本に書かれていることをお借りすると

五月の第二日曜日が「母の日」 だなんて いったい誰が決めたのだ。
「母の日」 とは 自分を産んでくれた事で女が母に生まれ変わるのであって 吾の誕生日が母の日なのだという。
そんな大事な日を国家に決められてたまるか!!と考えるのが 仏教徒だと。

女にとっては 子供を産んだ数だけ母になった日があるはずだし 自分の誕生日が 自分の母親に感謝する「母の日」 でなければならない。

風子もそれには 大いに賛成なのだ。

というと わが愚息もかなり分っているではないか・・、とほくそ笑んでいる。

まあ、母の日は何回あってもいいわけで プレゼントがあれば 尚好いのだが・・・。

ともあれ 元気で誕生日を迎えられることは喜ばしいことには違いないのだから ケーキのひとつも用意しようか・・と思っていたが 出かけてしまって食事さえ作りそこなってしまった。

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