会えたらいいね・・(328) 自己表現
知人から 演劇のチケットをいただいたので 遥々 両国のシアターΧ(カイ)まで。
お誘いをいただいた時 私にこういう演劇が理解できるか躊躇したが
演目が 「OGURIとTERUTE」 と言うことで 以前歌舞伎で猿之助の小栗を見ているので
何とか理解できるだろうと 行ってみた。
説教節政太夫の語りと演奏、その他鳴り物、笛 などにあわせて
演出振り付けのケイタケイを含め13人が 舞台狭しと 体で表現し語り踊る。
知人の妹さんが出演しているが 見事な演技と語りですばらしかったが
風子と同じ病気を持ったことがきっかけで この世界に入ったという。
ふと 自己表現とは何だろう・・・と考えてしまった。
実に自由で (もちろん振り付け、演出はあるのだが) 体全体で役にぶつかっている。
風子は 邦楽の世界に何十年か席を置いていたことがあった。
それに先立って 師範試験を受けた時 その講評は 「沈着冷静な演奏でした」 だった。
その時は 楽譜に忠実に間違いなく弾けたということで 自分ながら満足していた。
その後 大小の舞台に何回と無く立ったが 間違わずに弾けたという感はあっても 一度として思い切って演奏できたという満足感はなかった。
いつも 独奏ではなかったということもあるが 楽譜に忠実に乱さないように最新の注意を払って 感情移入など許されない世界だった。
最近は 邦楽も現代邦楽や新曲の世界で プロの演奏家は個性的に成っているが・・・。
いつか自分なりの演奏をしてみたいと思っているうちに この持病になり
心の何処かで もう一度・・と 夢のようなことを考えては見るが もう有り得ない話で ただ弾くことすら出来無くなってしまった。
何年か前から絵を描き始めて 今は最近お教室を離れて 誰の目も気にせず好きなように描いている。
やっと 少し自己表現が出来つつあるかなー?と 感じている。
多分 絵は楽譜がないということが自由で 自分には合っているのかも知れない。
いつだったか 先生のおっしゃることが理解できなくて
「それなら 何でも有りなのですか?」 との疑問に
「そうです」 といわれたことが 好きなように描くきっかけになっている。
まだしっかり見る目を持たないうちにあまり自由になりすぎて 最近軌道修正をしなくてはと思っている。
「緑の記憶 (09)」
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)



して身を引いてもらうことにした。





















最近のコメント