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2008年6月27日 (金)

会えたらいいね・・(232) 浴衣

着物も 単衣の時期はもう終わりで 7月からは「紗」や「絽」の着物に衣替え。

汗かきで 単衣さえ着ることを躊躇しているのに 紗とか絽なんてとんでもない。
・・・・というのは負け惜しみで 持ち合わせていないのだ。weep

かといって 買う気にもならないので 着るものがない。
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浴衣は お気に入りがあるけれど 困ったことに 下駄が履けない。
足の底の変形した骨や横に飛び出した骨が当たって 歩けないのだ。

時々 作務衣に 履き古した男物の下駄などつっかけてはいるけれど 外には出ないから 便利にしているだけ。

あちこち あたって見たけれど 履けそうなものはなく お店の方は「足袋を履いてもいいんですよ!それなら草履が履けますから・・・」 と言うけれど 足袋を履いた場合は それなりに 下着の襟を出さなくてはいけないのだ。

浴衣は やっぱり素足で歩きたい。
  パナマの草履は 素足でも 柔らかく気持ちが好いけれど ?万円もするものを素足で汗と誇りまみれでは 一日で薄汚れてしまう。

デパートをうろうろしていたら 若い店員さんが 「名案」 を考えてくれた。Dscn0634_2

男性用の雪駄の現代版で 「Mサイズならいいのでは・・?」 と探したが Lサイズしかない。
ところがところが・・・、履いてみたら ぴったりsign02

甲高盤(?)広の風子の変形した足footには もってこいなのだ~~~。

変形の足にも 負担が少なく 色気がなくたって 実用本位で しかも4000円。
踵がないのが ちょっと気になるが 贅沢は言えない。
「これで行こう!」 と決めた。
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万事揃って 七夕さまnightを待つばかり・・・。

若い人の 固定されない知恵をい頂いたー。

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2008年6月23日 (月)

会えたらいいね・・(231) 続 母の着物

叔母から母が受け継いだ着物は 着物として作り変えは諦めていた。
昔のものは 反物自体の幅が狭く そうでなくとも裄が長い風子には無理だと思っていた。
お直しの相談会があったので 試しに見ていただいた。 
「何とか考えましょう」 と言って頂き お任せすることにしたのだ。

出来上がって よくよく見ると 「よくもまあこんなに・・・・」と お直しさんの技術に感動した。
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羽織と着物はお対だと思っていたのに 実際は 模様の花の数が微妙に違っていた。 簡単に接ぎ合わせることは難しく 職人さんは 寝ても覚めてもお風呂に入っても 頭の中で図面を描き 構想を練るのだそうだ。

風子も掛け軸を創っている時は 裂を並べては 何日も同じように考えていたから その気持ちが解らなくも無いが 所詮 素人の趣味のわけで・・・。

幅や丈を出すために ・・・・・・の位置に接ぎが入っているが 気をつけて見ないと解らない(接ぎの部分はミシンになっている)。前はもっと細かく おくみにも接ぎが入っている。

洋服でデザインとして切り替えを入れたり 骨董市で 時代物としては出てくるけれど 今時こんなに切り貼りした物は 見たことがない。
Dscn0623
しかも 右左 敢えて柄を分けて 粋な創りになっている。

さぞかし頭を悩ませた事と 感謝する。
これでは 「やり繰り賃」 が割り増しになっても仕方ない。

何の世界でも その道のプロはすごい! と眺めては感心している。

 

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2008年6月22日 (日)

会えたらいいね・・(230) 母の着物

待っていた母の着物が仕上がってきた

実家を壊す時 何枚か持ち帰った母の着物。
決してお金持ちとは言えない生活の中で 風子には出来る限りのことをしてくれたが 自分の事は後回しで 質素に暮らしていた。

母の実家は 材木屋で羽振りが良かったそうだが 長兄が他人の保証人になったばかりに 財産をすべて無くし 末子の母の結納金まで無くなったそうだ。

身一つで父の元へ来たそうで 父の日記を見ると 「世が世なら 俺のような貧乏人のところへなど来る茂(母の名)ではないのだ。一生かけて 幸せにする。」 と あの寡黙で気難しい父が よくもまあこんな気障な言葉を・・・、とびっくりするが 父が惚れてもらった嫁、 青年時代から文芸誌に 小説など投稿していたようなので 「さもありなん・・・」 と思ったりもする。

そんなわけで プライドだけは強い母ったが、割り切っていたのか 十二社(西新宿)の芸者置屋から お針の仕事を預かっては 遅くまで縫っていた。

Dscn0623 亡くなって 箪笥を開けても ウールの着物ばかりで 縮緬や紬は10枚程度だったが 母の気姿を思い出させる気に入った着物を 思い切って直しに出した。

母は 背は風子よりほんの少し低かったが 38キロより肥れない人だったので 並みより幅があるうえ 手の長い風子に作り変えるのは 至難の業。仕立て賃も 割り増しになってしまった。
昔と違って 「やり繰り賃?」 というのが1万円も入るのにはびっくりした。

その着物がやっと届いた。

「叔母から母へ来た紬のアンサンブル(羽織と着物)」 は かれこれ百年近く前の物のような気がする色・柄で 風合いが懐かしい。叔母は小柄の人だったので お端折り無しでも風子には無理、 二枚で一枚の着物にお願いした。
「染みがついたままの母の紬」 は 染み抜きと洗い張りでもやり繰り出来ず 下前おくみに別布を使ってくれた。

Dscn0629 「安い着物なら新品を買えるから 作り直しは勿体無い」 と友人はいうが 風子にとっては お金では買えない大切な着物だし 今時 買おうにも買えない品のような気がする。

袖を通すと 真新しい着物と違って 柔らかく軽く 洗い張りしたのに 母の匂いがするようで 叔母と母に包まれて 胸が熱くなった。

今は 単衣の時期なので 秋まで着ることは出来ないが 裄が出ない母の羽織を帯に作り変えているので 涼しくなったら 着て墓参りにでも・・・と待ち遠しい。






 

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2008年6月20日 (金)

会えたらいいね・・(229) 休養日

午後から 小室等の歌noteと山田太一のトークショーに予定scissorsDscn0608 ・・・、だったのだけれど・・・。despair

このところ出歩くことが重なって さすがの「お外さま」の風子おばさんも 手足が利かなくなっている。
チケットを良く見たら wheelchairpaper“手話通訳付” となっている。
会場が埼玉なので 顔見知りの聴覚ear障害者も見えるだろうし 手が動かなくなって手話も辞めたので お会いするのも辛いものがある。

休養日happy01と決めて 割愛することにした。

tulipbudに水遣りをしていると どうにも荒れ放題が気になって来る。
Dscn0614 この家houseを建てた時に 知らない間に大工さんが植えていった皐月がぐるりと花壇を囲んでいる。
20年も超えると 花が咲かなくなってしまって ただ土止めになっているだけ。
上ばかり切り詰めるので 根が張ってしまって根詰まりしているのだという。
抜いでしまいたいのだが この手ではどうにもならず 家人leoに頼んではいるが拉致が明かない。

仕方が無い!切るしかない! と 休養日を忘れて 手首を固定して作業を始めた。
「始めてしまえば 何とかなるさ!」 が風子流。

hairsalonだけでは力が入らないので 鋸で挽く。 鋏でスパッと切ってあげれば 植木の痛さが一時だろうに 鋸でボチボチsnail引かれたのでは 辛いweepだろうな~~と思いながら 結局 何とかなってしまった。

とりあえずさっぱりsunはしたけれど 情けない形になってしまった。
Dscn0619のうち 緑budになるだろう・・・・と 水をたっぷりかけて 作業終了。
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「小室さんに会いに行ったほうが 良かったなァー」 と 痛い手足に湿布をべたべた張って 痛み止めで抑えて 今日こそ 休養日。cherrycakericeballcafe

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2008年6月18日 (水)

会えたらいいね・・(228) 歌舞伎

Img149 歌舞伎見物は 時々行くけれど 特別好きなわけでも 歌舞伎通でもない。
知人からチケットを頂くので 有難く行かせていただいてはいるけれど 何度行っても ミーハーで イヤホンガイド便りに見るものの 解説が煩かったりで 思うようにはいかない。

今回も友人に付き合っていただいて 夜の部へ。

演目のひとつ 「身替座禅」。

これは 狂言仕立てで 面白い。

都に住む大名の右京(仁左衛門)が 美濃国の遊女花子と深い中になり 右京を慕って上京してきたので 花子のもとへ通おうとするのだが そこは奥方玉野井(段四郎)の監視が厳しく 思案にくれていたが 妙案を思いつく。
「夢見が悪いので 仏詣でをしたい」 と申し出るが お許しが出ず 結局一日だけ持仏堂で座禅をすることを許してもらう。 身替りに太郎冠者(錦之助)に座禅をさせ一日だけ奥方の目から逃れて花子のもとへ・・・。 ところが・・・・、という筋なのだが

前にも 見ているけれど 役者が誰だったか記憶に無い。

仁左衛門が とにかく好い!
色っぽくて 品があって 花子に会いたい一心のちょっとお頭の弱そうな殿様が可愛くて うってつけ。
襲名披露の時は スタイルも顔も良すぎて ちょっと線が細すぎるな~~~~、と思ったが 何の何の こういう役は 適役。

それにもまして 衣裳が仁左衛門をより美しくしている。
長袴の優しい色と絵柄。

衣裳は どうやって作られるのか? もちろん使いまわしなのだろうが、ちょっと興味がある。

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2008年6月14日 (土)

会えたらいいね・・(227) エミリー・ウングワレー展

雨の日の美術館は空いていた。

Img146 先日 病院の帰り いつもなら上野に行くのに 傘を差して上野公園を歩くのも辛いものがあって 傘なしで行ける新美術館に急遽変更して 「エミリー・ウングワレー展」 に行ってみた。Img147

風子は この名前を知らないけれど モディリアニを見に行った時 ポスターの絵に惹きつけられて 楽しみにしていた。

オーストラリア先住民アポリジニの出身で 80歳になってから 絵を描くようになり 亡くなるまでの8年間に3千~4千の作品を描いたという。 

グランマ・モーゼスや 丸木スマさんなども 70歳を超えてから 絵を描いているが 今回は スケールが大地そのもの。 

もともと 伝統的な生活の中で 儀礼のためのボディ・ペインティングや砂絵を描いていたのが パティック(ろうけつ染め)になり カンバスの絵になっていった。

描いているものは 

「すべてのもの、そう、すべてのもの・・・、私のドリーミング、ペンシル・ヤム、トゲトカゲ、草の種、ドリームタイムの子犬、エミュー、エミューが好んで食べる草、緑豆、ヤムイモの種、これが私の描くもの、すべてのもの。」  (図録より)

を 点や線で抽象的に描かれているが 抽象画など見たことも まして印象派の点描など知らなかったと思うが  3mを越す点描(一円玉のような)や 8メートルもの線で描かれた独自の世界の美しさには 圧倒されてしまった。

とにかく 色の美しさと力強さに  魅了される。

亡くなる2年前に描いた 275×160のこの絵は モネの色を彷彿させられる。


空いている美術館の中で 音声ガイド・真野響子さんの案内で 近寄ったり離れたりしながら ゆっくりと楽しんできた。

残念なのは 図録の色が今ひとつで 点の筆跡の微妙な重なりが見えないので もう一度行くしかない。
部分的にでも 載せてあったらいいのに・・・、とページをめくりながら 思い出している。

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2008年6月12日 (木)

会えたらいいね・・(226) 雨の日 

朝から雨。

二階に上ってみると だいぶ前にに思いつきで描いた絵が床に放ったままになっている。
小さな絵を描きたくなって 感情で 何の計算も無く一気に描いた絵だ。
力のある人は そういう描き方でもいい絵を描けるのだろう。

奇をてらって描いた訳でもないが 自分で描いておいて 恥ずかしい気がする。
手直ししようと思ったけれど それももったいない気がして もう一枚描くために 速乾の地塗りをしたまま 放ってある。

しばらく 油彩は止めようかな~~~と 大分前から思い始めている。
何でも10年 と言うのが持論だけれど まだ4年目。

絵を描かなくなって3ヶ月近くなる。

描かない理由があるわけでも 描きたくないわけでも (行き詰まって描けなくなったなどというほどの腕もないので) 描けなくなったわけでもない。
何となく 描いてImg142ない。
描かなければ描かないで 時間がこんなにも余るのか・・・・・、と思うと もう描かなくても良いような気もしている。

教室に通っていると アドバイスを頂く楽しみもあって 絶え間なく描いていたけれど 所詮 素人の遊び。
他のことに時間をつかってみるのも 好いかな・・・・? とも考える。

  絵の先輩の友人は 絵を止めたら 絵に費やしたいた時間がもったいなかったと言っていた。

風子はそんな風には思ったことはない。
この先のことは考えていないけれど 充実した本当に楽しい時間だったと思っている。
それに 止めることを決めたわけでもないし・・・。

いろいろ溜まってしまったので 処分しようとあれこれ広げていると よくもまあこんなに描いたものだ、と懐かしくなる。

Img144一時 抽象が何かも解らないまま 浴室のガラスが湯気で曇り 水滴になって落ちてくるのが面白く パステルの色に変えていた。

少しずつ 絵が解ってくるに連れ 出鱈目の絵で遊べなくなっている。

こんな絵はもう描かないだろうと 捨てたものをまた拾って 並べてみた。
やっぱり 絵が好きなんだな・・・・、と。

こうして また 片付かない物が積まれていくのだー。



 

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2008年6月 9日 (月)

会えたらいいね・・(225) 同級生 

Img141 Ed’s Slow Life のEdさんが ブログに風子の絵(県展出品)を載せてくれている。

千葉の印旛郡にお住まいで 川越まで お仕事で来られているので 会社の帰りにでも見て頂けたらと お知らせしたのに 早速 近代美術館まで出向いて下さって 写真を載せてくれた。
自分のブログには ちょっと気恥ずかしくて躊躇していたので 嬉しい。
しかも 実物より 良く撮れているので Edさんの腕は大したもの。

Edさんは 高校の同級生。
何年か前から 気心しれた者同志が何人か集まって 異業種懇親会?を開いていた。
初めは 六本木や新宿などで 夜の懇親会だったのに 最近は早起きの人が増えたようで昼の部になり 足腰弱っているにも拘わらず 横浜、鎌倉散策や 高尾山に登ったりしている。

6,7人の集まりだけれど みな元気というわけでもなく 病気で倒れ復活した方や 血圧 だの何のと デザートならぬ食後の薬 持参で お互いに労わりつつ 楽しいひと時を過ごしている。

今ならイケメンというのだろうけれど 高校時代から二枚目の「T」さんは 年をとっても髪に白いものもなく黒々で 万年青年と言っていたのに 足腰が弱って 「歩き」はパスするようになってしまって 見かけでは分からないものだ。

企画する方は 手足の不自由な風子に気遣ってくれるので 毎回感謝しつつ参加している。一病息災というように それなりに元気。
倒れた彼などは 一日25キロを目標に 多摩川を歩くという。

もちろん 一番の元気はEdさん。
髪の後退も白いものも クラスの中では早かったのに 出勤前のジョギングや バイクであちこちツーリングに遠出して 若かったら 後ろにしがみ付いて乗せて欲しかったのに・・・、と 卒業してから?十年のブランクが悔やまれる。

それぞれ 美人でやさしい奥さまと 和やかな生活をなさっているようで こうして集まることも出来る。 
会うたびに 「素敵に年を重ねているなあー」 と 嬉しくなる。 

そろそろ 暑気払いの計画も・・・、と梅雨入りしたばかりだけれど 心待ちにしている。

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2008年6月 7日 (土)

会えたらいいね・・(224) まる六ライブ

Dscn0572 小室等さんのトークやライブは 今年も何回か行っているけれど 「まる六」 3人(小室等・及川恒平・四角佳子)揃ってののライブは久しぶり。

恒平さんの故郷の北海道や 西のほうではあったけれど いくらファンといっても そこまでは無理。

やっと東京でのライブなので 二ヶ月前から申し込んでおいた。
開場一時間前に着いたのに  もう行列。

CD「はじまりはじまる」 の中にはお気に入りが何曲もあるけれど 何といっても これ! 「ただあたたかくカラッポに」。

            てのひらにある思い出に
            息吹きかけて消してゆく
            これでいいのかわからずに
            午後の日差しを浴びていた

            ふと立ち止まる私の前に
            ふと立ち止まるあなたがいた
            きっと私と同じ目をして
            ただあたたかくカラッポに
           
            いっしょにいてもいいですか
            ただあたたかくカラッポに

            はげしいばかりの思いでも
            愛せるものになるでしょう
            今ある日々のしずかさに
            心ゆだねているうちに
       
             ふと吐息つくあなたの前に
             ふと吐息つく私がいた
             きっとあなたと同じ気持ちで
             ただあたたかくカラッポに

             いっしょにいてもいいですか
             ただあたたかくカラッポに 

あたたかな春のような空気がながれて 年を忘れて歌の中に自分がいる。 

訳あって 風子には二つの誕生日があり 今日六月六日は その一つで 年も揃っての「ぞろ目」

「ただあたたかくカラッポに いっしょにいてもいいですか・・・・、」 なんて人生送ってみたかったなー、と振返ってみる。
    
   (気のせいか ボケたつがいの鳩の写真もあたたかくカラッポに)
            

                        

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2008年6月 3日 (火)

会えたらいいね・・(223) お気に入り

Dscn0589 Dscn0587_5     榎本洋二さんの作陶展のご案内を頂いていて 気がついたら最終日で 慌てて日本橋三越へ。

父上とは 職場が一緒で 芸大大学院まで出した苦労 話を聞いていた。

その頃 福島大学の講師をなさっていたが 戻って東京で活躍されるようになって 初めて新宿京王デパートでなさった時は とても嬉しそうだった。
鉄絵の 独特なやわらかな紅色が好きで 湯のみ・マグカップ・ぐい呑み・徳利・水滴など 個展のたびに ひとつづつ増やしていくのが 楽しみだった。
Dscn0598 壷や大皿Dscn0594Dscn0599 の絵も好きで いつの日か 買えたら・・・と思ってきたが どんどんお値段が上がって 湯のみでさえ買うのがやっとになってしまった。

芸大や女子美の講師をなさったり 日本工芸会正会員他 活躍なさっていてお忙しいようだ。
毎回 埼玉県展には 「招待」で出品されていて 今年も 大皿があった。
Dscn0596 Dscn0597
喜ばしいことなのだが だんだんと遠い芸術家になっていくようで 複雑な気持ちだ。
京王デパートの時は もう少しお洒落しても・・・、と思ってたのに 会を重ねる毎にそれなりになって 有名になると言うことは こういうことなのだ・・・、と父上の誇らしげな顔が浮かんでくる。

今回は 買えそうなものの中から「片口」を頂いてきた。
Dscn0602 Dscn0600 ハスの絵は 風子のコレクションの中にはないので 楽しみ。 
ぐい呑みもあるので お酒を入れて 「一人酒」 といきたいが しばらくは 眺めていよう。


 (クリックしてみてくださいね  coldsweats01

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