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2007年9月29日 (土)

会えたらいいね・・(145) 吾妻線 はしご湯

三日目(27日) 沢渡温泉

窓から差し込む光に びっくりして飛び起きた。 
時間を見たら 8時半。
なんでェ~~? 目覚まし鳴らなかったー! とよく考えたら 昨夜かけ忘れていた。

今日は 帰る途中 中之条で降りて 秘湯沢渡温泉へ寄る予定。 そこからのバスは2本しかないので それに合わせて バスで長野原草津口へ行き 吾妻線に乗らなければならない。
最初のバスには間に合わないので 2時間後にのるしかない。
あーあ、何たる事。まあ仕方がない 成るようにしか成らないのだから・・・。

やっと 中之条に到着。 スーツケースをロッカーに預けようとしたら 入らない。案内のボランティァさんに聞いたら 喫茶店で預かってくれるというので お願いしたら気持ちよく受けてくれたうえ 無料! もちろん帰りにはここでお茶の予定だけれど・・・。
Img047_sh01_3 
目的の沢渡温泉へは バスと言っても 8人乗りのバンで 乗客は二人。
20分程で 到着。

近くをうろうろしていたら 「共同浴場」があり覗いて見たら 開いた窓からおじさんが堂々と背中を流しているのが見えた。
「ちょっとここでは・・・?」 と思い案内に載っていた「まるほん旅館」を訪ねたら 混浴でご夫婦が入浴中とか・・。出るのを待ってと思ったが 帰りのバスに間に合わなくなるので 狭い(2人で満員)女湯をつかった。Img047_sh02
ここは 草津などで湯疲れした体を癒す「仕上げの湯」というそうで 清んだ湯は柔らかく 呑んでみても甘い。
高崎から往復3時間かけて毎日通って もう2年過ぎたという女性は ステロイドでぼろぼろになった体を この湯で直したと言う。

バス亭の近くに「沢渡温泉病院」があり 白い上下の看護士さんに付き添われて 楽しそうに歩行練習している方達に出会う。
「もっと酷くなったら 風子も此処へ来ようかなー」と病院案内を戴こうと覗いてみたが バスが来る時間なので 戻った。

あちこち はしご湯をしたが 「沢渡温泉」は 「また来たい温泉」で 荷物を預けたマスターに 「このままの温泉であってほしいですねー」 と言ったら 「廃れる一方なので このままですよ」 と言っていた。
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素朴で温かな心とやさしい湯に浸かり 今回の湯巡りは 「ほんとうの仕上げ湯」で 幕を下ろした・・・・と言いたいのだが。

特急と10tトラックの衝突事故が渋川手前であったお陰で 代替バスを乗り継いで 散々な思いで やっと帰ってきた。

*****デジカメは 預けた荷物に入れて 撮れなかったので 旅館パンフレットから*****


 

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2007年9月28日 (金)

会えたらいいね・・(144)  吾妻線 はしご湯 

二日目(26日) レクの森 散歩

きのうは脚を酷使したけれど 草津の湯にたっぷり浸かって 一応疲れは取れた。

二泊なので 来る時は中一日十分時間はあるので 草津口からバスで30分の「花敷温泉」や 更に下って終点「大前」までの間にある 「半出来温泉」 「つま恋温泉」 「嬬恋温泉」 など予定していた。
混浴でも水着OKのところもあるので 不本意ながら一応は用意してきた。
どこも バスがあっても一日2,3便しかないので しっかり下調べしておいたのに 前日プリンターが具合悪く 拡大しようと挟んだまま置いてきてしまった。

諦めるしかない!  こちらでは調べられない。
Img_2103Img_2104 Img_2102               Img_2105                        
                      



急遽 変更で 緑の中のサイクリングコースを歩くことにした。
草津というと 「温泉」 を思うが 最近はリゾート地 「レクの森」になっていて 冬場はスキーで賑わうけれど あまり知られてないせいか 季節はずれの今は空いていて穴場になっている。
敷かれたウッドチップが脚にやさしく 今年 草津音楽祭のおり 妃殿下が歩かれた道は「ロイヤルコース」と名が付いている。
蓮池では 釣竿をたれている家族連れが 連れた「金魚?」 を写真の収めていた。
アザミ・アキノキリンソウ・シロヨメナ・睡蓮もまだ咲いていて 汗ばむ中で 久しぶりに ちょっと描いてみたくなった。
いつも デイバッグの中に 携帯用の描く用意はして行くのに 絵を習ってからは 構図だのなんのと考えてしまって 気軽に描けなくなってしまい 背負っていくだけになっていた。

モネの蓮池を真似てか 小さな橋が架かっているので笑ってしまうけれど 時間はあるので ちょっと描いてみた。

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やっぱり 絵を知らなかった時のように気楽に描けない。
・・・・かといって 今 うまく描ける訳でもない。

今夜は この間見つけたお店で お酒を呑みながら夕食と思っていたけれど 疲れてしまったので コンビニでビールとおつまみ おにぎりとパンを買って 宿で一人祝杯をあげることにした。
こんな時は 一人旅は寂しいものだ。
それが また好いのだけれど・・・・・。




 

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会えたらいいね・・(143) 吾妻線・はしご湯

夏の間 影を潜めていた「旅に出たい病」が 朝夕の涼風に誘われて 動き出した。

急に 草津に素泊まりの宿がとれたので 今回は湯廻りバスではなく 兼ねてから乗りたかった吾妻線で行くことにした。

一日目(25日)  吾妻渓谷

Img_2085_2   5.6年先には 八ッ場(やんば)ダムの底に沈んでしまい 吾妻渓谷も現状を留める事はないと思うし 渓谷を眼下に眺めながらの吾妻線もトンネルになるらしい。Img_2093_2

目的は 川原湯温泉と吾妻渓谷。

大宮発7:52ー高崎着9:09
高崎発9:24(上越線・高崎線)

途中下車をして 金島で富貴の湯、小野上温泉で温泉センターに寄る予定で早く出たけれど 駅の様子から割愛して 川原湯温泉に向かった。
予定より早く到着したので 昼食にはまだ早いので 先に吾妻渓谷を脚任せではあるけれど 歩いて見ることにした。
約2キロ、片道1時間は見なくてはいけない。
駅から 国道を少し戻って右に入ると そこから渓谷が始まる。日当たりのよい場所には ツリフネソウ・                          黄ツリフネ・ミゾソバ・フシグロセンノウ・ゲンノショウコ・ヤマゼリ等が 咲いていて 暫くぶ りに花の名前を思い出した。Img_2097_2
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道は アップダウンが急で 手すりやロープは所々あるけれど 摑まる手も確かではないので 一寸足を滑らせたら 50メートルほど下の渓谷に落ちてしまいそうで 一歩一歩を注意深く歩かなければならないので 辺りの景観も立ち止まってゆっくり見るしかない。Img_2092
Img_2094 見晴台までで行って 少々残して引き戻った。
Img_2086Img_2095紅葉の頃は アリのように繋がって歩くのだろう。 まだ染まっていない木々を見ながら もう来ることはないかも知れない、歩けて良かったとつくづく思った。

郷土料理「ふるさと」で「田舎なべ」と「キビご飯」を頂いたが 美味しかった。 キビご飯は
食べきれず 夜食にと持ち帰った。

いよいよ 目的の川原湯温泉。 「聖天様露天風呂」は「混浴」なので その先の「王湯」で汗を流し のんびり列車を待って 再び 吾妻線で長野原草津口へ行き バスで草津温泉に向かった。
乗り継ぎに待ち時間ばかり多いので 時間のロスがあるけれど それが風子にとっては 次の行動に移るのに丁度良く 慌てないで済むので助かる。 

田舎は ゆっくりと時が進んで 一日が長く思える。



















 

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2007年9月22日 (土)

会えたらいいね・・(142) 絵本

Img041 先日テレビで アニメ「火垂るの墓」を放送していた。以前見ているし今回は都合で見なかったが 「はだしのゲン」・「ガラスのうさぎ」とあわせて 孫たちにも見せたい。

戦争について孫に聞かれても 風子は恥ずかしながら きちんと順を追って答えることは出来ない。 
戦後の暮らしは まだ幼かったので記憶も定かではなく どうして戦争になったのか こちらが教えてほしいと思うくらいで 本を読んでも 其々で ただ 「戦争は絶対あってはならない」 と言うことだけは はっきり伝えなければと思っている。

先日 クレヨンハウスで 「ガラスのうさぎ」 を手にとって 「おやッ」 と思った。
新版になっている。
原作者の高木敏子さんは1945年東京大空襲で母と妹を失い その後機銃掃射で 父をImg040なくしていてる。

戦争の中を生き抜いた作者が 少女時代の体験を綴っているのだが 初版が1977年で135刷が最終となっている。
2000年に新刷になって もう19刷で いかによみつづけられてきたかが判る。

新版になった理由としては お孫さんにこの本を贈ったところ 「わからない言葉が多く母親も説明できなくて困った」 ということから 文字を大きくし 難しい漢字をひらがなにし 各章の終わりに 語句の説明を入れたと言う事で おかげで 風子も読み直して 思いを新たにした。

もう一冊 「六人の男たち」 は 土地や富への欲望のため 戦争を繰り返す愚かさを戯画風のペン画で描いた寓話絵本で ナンセンス漫画をみているような気がしているうちに考えさせられてしまう。(朝日新聞評)
絵が とっても面白くて 一年生の孫が描いているような 錯覚になってきて 口元が緩んでくる。Img042

おまけは 岩波ブックレットNO.657「憲法を変えて戦争へ行こうという世の中にしないための18人の発言」 
風子は 自分でよく解らないので だいぶ前に 「人の意見をきいてみよう~~」 などという ズルイ考えで読んでみた。

戦争を二度としないためには 風子は何をすればよいのだろうか?

「教えて goo !」

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2007年9月19日 (水)

会えたらいいね・・(141) お墓参り

                                                      9月12日は父の命日。

お彼岸に近いと言うこともあって お墓参りは どちらか一回になってしまう。
松戸に近い八柱霊園まで 彼岸の入りを待たず 今日行くことになった。

合わせたかのように 庭の菊が満開になり 紅・桃・白の千日紅や セージ類も色とりどりに咲いて 供える花も用意万端 切り揃えてある。
わが家の狭い庭の花は ほとけさま用に植えてあるようなもので 薔薇を除いては すべて間に合う。

この時期は 夏の間に伸び放題の草と 木の枝を払うのに苦労する。いつもは 息子が背が高いので 重宝するのに 今日は都合で不参加なので 大変だった。

行ってみて びっくりした。 植えた覚えのない「百合」が 大きな白い蕾を2つもつけている。今まで供えたこともないし どういうことなのだろうか? 種を鳥が運んできたのだろうか? 
不思議なことがあるものだ。

父が亡くなって22年 母は13年。 二人とも風子が見送ったが 幸か不幸か 介護で苦労はしていない。
いろいろあったけれど 結果としては 父は6ヶ月 母は40日病院のお世話になって 私は毎日通うだけで済んだ。
子孝行の両親だった。
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                 手を合わせていると そんな年月が過ぎているのに 悲しい思いをさせたり 心配させたりで 優しい言葉のひとつもかけられなかった申し訳なさで胸がいっぱいになってくる。
今 自分が母の年に少しづつ近づいて 子供達から冷たい言葉が帰ってきたりすると 「きっと 母もこんな思いを胸にしまって 眠れない日々を過ごしていたのだろう」 と 思いを馳せる。

お墓に父や母が居ても居なくても 風子にとっては 有り難い場所で 愚痴を聞いてもらったり 一人でぶつぶつと 話しをしてくる。 

この次ここに来るのは 母の命日で その頃は そろそろ紅葉の便りが届きはじめて 秋も終わりに近づいている。 

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2007年9月18日 (火)

会えたらいいね・・(140) 絵本

最近 ほんとうに本を読まなくなった。

以前は 知人に 「何かお薦めの本は?」 などと情報提供を頂いていたのに それもなくなり 新聞も読まず 週刊誌の広告だけ眺めて 読んだ心算になっている。
年々 眼鏡をかけて読むことも面倒で その上 文字を追う根気がなくなってしまい 買ってきても直ぐに「積読(つんどく)」だけになってしまう。 まあ 枕にならないだけ良しとしている。

先日 絵本を何冊か求めて それだけは帰りの電車の中で 一気に読んだけれど 絵本は 大人になってから読むと また感じ方が違っていいものだと思っている。
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以前にも (130)の絵本で ガブリエル・バンサンの「アンジュール」を書いたけれど 同じバンサンの 「セレスティーヌ アーネストとの出会い」。

町のそうじふをしていたアーネストが 雨の日に ごみバケツの中で かすかな音がしているのに気づき ふたを取って 動くものを見つけ 抱いて帰って ミルクをのませ 名前をつけ それから二人の物語が始まります。

かたときも離れず 可愛がって アーネストのくらしは にわかにはなやいでいきます。
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バンサンの 171ページにわたるドローイング。
ほとんど文字はないに等しいのですが ひとつひとつの目の表情 手のしぐさ 背中から 喜んだり 心配したり おどろいたり アーネストを愛情豊かに慈しんでいる心が伝わってきて 一緒に育てているような 暖かな心になってしまいます。

「ガブリエル・バンサン」 ってすごいなーと またファンになってしまって シリーズになっているので 続きを・・・、と思うのだけれどちょっとお値段がいいし ・・・・・・。

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2007年9月14日 (金)

会えたらいいね・・(139) 二科展

昨日は 雨も上って 久しぶりの青空だったので 行きそこなった 「二科展」 に出かけた。いつもは 大江戸線で六本木にでるのだが 高田馬場から原宿へ出て 千代田線で乃木坂へ。
出たところが 新美術館になっていて ミッドタウンもや 曲がりくねったガラスの建物を見ずに 裏から入る事になるけれど 雨でも傘要らず エレベーターを上手に使えば 快適な方法だ。
ただ チケット売り場まで かなり歩くので それが難点だ。
Img_1951_sh01
二科展は 3フロアーを使って 一段並びで見やすくなった。
上野で開催していた時は 50号から出品できたのに こちらに移ってからは 会友以上は F80号を2枚出せば  あとは大きさも点数も制限ないそうで その所為か 巨大な作品が並んでいた。 
「目立てば良い」 と言うことではないと思うが それは素人の言い分であって 目立たなくては駄目なそうで 友人の絵も いつもブルーだったのに 今回は バーミリオンで 本人が言うとおり 火事のようで 色も強く さすがプロ! 素人の私は そういう度胸はない。
上野の時は 友人の絵と 何点かをさーっと眺めて 隣の「院展」に逃げ込んだが 今回はそうもいかず 一応ぐるりと回った。

ブログに友人の絵を紹介しようと カメラをもって行ったが 「撮影禁止」になっていたので 諦めていたら 途中でフラッシュをたいて バシャバシャと撮っているので 「撮影よろしいのですか?」 とお聞きたしら 『私は 会員です! 知人の絵だからいいんです!写真を撮りたかったら 絵を描いて出してください!』  Img_1953_sh01とにらみ付けられてしまった。
その場を去ろうとしたら 背中からまた 『入選すればですけどね!』 と声が追いかけてきた。

「ああ 怖ーい。こういう人はどんな絵をかいてるのかしら?」 
そういう特別な方は 『私は 偉いのです!』 と腕章でもつけたらいいのに・・・と足早に離れたが 後で考えたら 「先生の絵を拝見したいので お名前を・・」 と聞けばよかったと思った。

いつも 喧嘩の仕方が下手で 言われっぱなしでその場で返せず 後になって悔しい思いをする。

気分治しに 表参道で降り 『クレヨンハウス』で オーガニックのパスタと かぼちゃのタルトで 一人お茶をしてきた。

おかげで 絵本を4冊も買って 重たい荷物を下げて帰る羽目になってしまった。 


 

  
  

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2007年9月12日 (水)

会えたらいいね・・(138) 夏の終わりに

Img_2065 昨日は 小品展(わたなべ画廊)へ友人が行ってくださると言うので ご一緒する予定だっ た。 絵をみていただくのは口実で その後のお食事とおしゃべりが半分目的なのだが 都合で中止になった。

「あーァ、やっぱり案内出さなければ良かった。気をつかわせて無理させてしまった。」 と後悔。
そして 今日 二科展へ行く予定も ご家族が体調くずされて キャンセル。 
とりあえず 出品者の友人には 「近日中に行くから・・・」 と電話した。
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とりあえず 昨日から出かけても良いように体調は整えてあるので 体は動く。 
押せ押せだった冷蔵庫の残飯整理をすることにして 残り野菜で ポタージュや佃煮つくって 「台所仕事も 楽しいじゃーん」 などと 一人 悦にいっている。

メダカの家族が増えたので 水槽を新しくしたり 中に入れる石を買いに行って 何色にしようか迷ったり。
余った時間は お陰で また絵三昧。

思いがけず 飛び込んだ時間に 感謝感謝!

けれど やっぱり絵は一人で見に行こう。旅も一人で行こう。
約束は それぞれ都合があり 今回は自分の都合ではなかったが 持病もちの私の方が 変更する可能性は高い。
逆の立場で考えたら・・・と思う。

改めて 「持病もち という立場を認めなくては・・・・、」 と友人に嘗て言われた言葉を 再認識している。
Img_2069 Img_2077
夏の間 あれほど気を遣ったのに たいして咲かなかった「夕顔」が 狂ったように咲き始めて 息苦しい程に妖艶な香りを撒き散らしている。
秋の長雨の始まりか? と思わせるような雨に 「夏の終わり」 を感じている。 

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2007年9月 8日 (土)

会えたらいいね・・(137) アートスクランブル

Img_1359  わたなべ画廊(飯能) での小品展(7日~18日・・休12日)が昨日から始まり 今日はその作家さん達が集まって茶話会。

今年5月に わたなべ画廊で 「アトリエ加藤」 の生徒作品展があり その折 わたなべさんから 「小品展があるので 出品しませんか?」 とお声をかけて頂き ちょうど0号を2点描いたばかりだったので 気軽にお返事してしまった。

その後 詳細のご連絡を頂いてびっくりした。 小品と言えども 私など新米が同席するような展ではなく 個展を開かれているプロ級の方が多く いつも素敵な絵だと拝見している方達。

お断りしようと考えているうちに 日にちが過ぎ あれこれ考えてみたが 発表の場を作ってくださった事に感謝して 思い切って出品させていただく事にした。
結果 予定していたものではない絵を出品することになってしまったが・・・。

小島 喜八郎先生のご挨拶と乾杯で幕が開き 和気藹々のうち進行。
抽象のこづま美千子さん 日本画の竹内 圭さんは 以前からお会いしたかった方。
また坂本 匡之さんは 絵を拝見するたび どういう手順で描かれているのかお聞きしてみたかった作家さんで テンペラという技法を 細かく説明して下さった。
Photo
新米の風子も いつものマイペースで 絵を見たり 食べたり飲んだり忙しく あっという間に お開きになった。
その後 2次会へ移動。帰りの電車の時間が気になるので 竹内 圭さんと 慌てて帰ってきた。
竹内さんは 何年も前に ギャラりーで絵を拝見してから どんな方かと思っていたけれど  描かれる絵のように 物静かで控えめな すてきな女性で 嬉しかった。実家のあった小平にお住まいと言うことも 懐かしく 嬉しかった。

参加する事に 途惑いを感じていたけれど 一日を振り返って見ると とても貴重は体験をさせて頂き 有り難かった。

明日は いつものお教室へ。 いつになったら いい絵が描けるようになるのだろう。

      (絵は孫・5才)
 

 

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2007年9月 6日 (木)

会えたらいいね・・(136) 台風の日に

台風が来ていると言うのに 運悪く 今日は通院日。

予約を取り直すと 他の通院日との調整があるので 思い切って行くことにした。
西武新宿から NSビルの東洋医学研究所までは 歩くと15分掛る。 こんな日は 傘を持つ手も足元も不安定なので タクシーで と思ったが 車線の都合で なかなかつかまらない。 歩き歩き 探しているうちに 結局 いつも近くまで行ってしまう。

急に暴れだす風雨に 昨日縫ったばかりのスカートも びしょ濡れ。
泣きたくなって来た。
ところが 良い事もあるもので 診察券を出した途端お呼びがかかり あっと言う間に会計まで済んでしまった。
漢方薬は 重くて持てないので 宅急便。

「行きはよいよい」 ではなかったが 帰りは るんるん。

Img_1895気分よくして デパートを一巡し 「さあ、お昼は 一人お茶でもしながら  美味しいものでも・・・。・」 と目的の レストランに向かっていたら 声をかけられた。

またなのだ。  本当に 呼び止められるのは 両手では数え切れない。また 占いなのだ。
知人に言わせると 「能天気な顔をして のんびり物欲しげに歩いているから 引っ掛かるのだ」 というが そんなことはない。
幸か不幸か 目鼻立ちがはっきりしてないので 一寸見 やさしそうに見えるからだと 自分では思っている。

ほとんどが 統一教会か??という宗教で 人相から始まって 手相 四柱推命 風水へと 話をもってくそうだ。
その先の事は ご他聞に洩れず 開運の手段として 進んでいくのだろう。

病院が早く済んで時間があるのと 疲れてゆっくり座りたかったし お茶代だけ持ってくれれば 姓名判断をでしてくれるというので 興味もあるので 受けることにした。

話しているうちに 「妙に地域的に通じるところがあるなあ」 と思っていたら 高校の2年先輩だった。 先生の話 生徒会長 授業の事 桜の咲く校庭でのフォークダンス 体育祭の夜のファイヤーコンパ 懐かしい事ばかり・・・。

「これもご縁ね!」 と気をよくして 風水講演会のお誘いに 「後日お返事します」 と約束をして別れた。

帰って さっそくネットで調べた。
同窓生の先生だという講師名で調べたら その方は統一教会で偽鑑定士と 書き込みがあった。
書き込みが全てではないけれど そういえば・・・・、と思う節は 話の中で感じていた。
講演会の場所は 「武蔵野スィングホール」や 「三鷹産業プラザ」 など 風子にとっても懐かしい場所なので つい填まってしまった。

病や家族に不安を持っていると ちょっとした気の緩みに入り込んでくる。
ポケーっと 歩いていても 頭の中はそんな事でいっぱいなので 敵は見抜くのだろう。

先輩には 早く気づいて 脱会してほしいのだが 無理だろう。

長話をして 帰途につき 駅に降りたら 道路が川のように流れていた。
 

 







 

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2007年9月 5日 (水)

会えたらいいね・・(135) タイシルク

Img_2043 やっと 猛暑から逃れたと思ったら 急に涼しくなり 朝は肌がけでは寒いから もう一枚・・・・、などと思っているうちに 「残暑厳しき折・・・」 にまたなってしまった。
そのうえ 台風がうろうろしていて蒸し暑く 持病をもつ身は 「どうしたら良いんだ~~」と これまた おろおろしている。

夏の間は 水遣りに奔走したにもかかわらず 花は焼けてしまい 今頃になって やっとハーブや菊が咲き始めた。

そんな中でも 強かったのが ホウキギ(コキア)で 巨大な化け物になってしまった。
毎年 葉の緑の美しいのと 見事に紅葉するので植えているけれど こんなに巨大化したのは初めてで 1メートル以上になって 郵便受けも表札も越えてしまって 大変なことになってしまっている。
この実は 「とんぶり」とかいって 畑のキャビアというそうだが はたしてこれを食べて良いのかどうか・・・・?

とりあえず 台風が近づいているので 背を低くカットして添え木をしたが 多分倒れるに違いない。

そんなわけで 体調もいまひとつで 今日はしおらしく お裁縫。Img_2062

古布とアジア系の布が好きで 先日もタイシルクのオールドの良いのがあったので 買っておいた。
タイシルクは ジムトンプソンが有名にしたが それではなくて オールドタイシルクの絣織り(マットミー)の腰巻(バートン)状のもの。
現地の人は 輪になっている布の上部に 厚手の別布をつけて(写真の黒い部分)腰に巻きつけて織り込んで着るそうだ。
新品はよそ行きで 古くなると日常着にして それが市場に出てくる。
新品は硬くてつっぱっているので 使い込んで柔らかくなってくると 肌に馴染んでくる。
色も 玉虫のようになっているが 古くなると独特の風合いになり 気に入っている。     
Img_2059
展示会で 気に入ったものは 「痛んでいるので売れない」 と言われ やや上等な方を買えば おまけにその布を付けてくれるというので 一万円以上も払って上等な方を買った。

その布は 写真のように まだ腰巻状態で おまけの方でスカートにした。
絹なので古くなると裂ける。 気をつけてはかないと 大変なことになりそうだが まあやっと 縫い上がったので お上品に着て歩こう。

ネットでみると 出来上がったものが すごく安く出ている。
どこがどう違うのか・・・???

展示会で 腹の底を探られて 高く売りつけられたのかもしれない。 

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2007年9月 1日 (土)

会えたらいいね・・(134)  HU'S FAVORITE

Img_2038_2 年 夏の間に高原へ3泊くらいの一人旅に出る。
同じ宿に泊まって そこを拠点に 花を見たり 美術館を訪ねたり ぼんやりと鈍行列車に乗って 駅に降りたってみたりするのが楽しい。

この夏の始めには 何処にするか考えていた。黄葉が終わって葉の落ちたブナ林を見たいので探したら 磐梯横向温泉の周辺がブナに囲まれているというので 夏の間に下見に行っておこうと考えていた。

白神山地はあまりにも有名で人が多すぎると思い 裏磐梯は何回か行っているので 表にする心算でいたのに 花の水遣りと猫のおねしょ騒ぎで 家を空けられないうち 涼しくなってしまった。
 
夏が終わった高原も好いもので これから一人淋しく行くのもいいかな・・、とも考えているのだけれど どうなるか?

まだ デジカメなど持たない頃は 花を見るとスケッチしてきて 帰ってから名前を調べて覚えた。
初めて栂池でキヌガサソウに出会った時は もう種になっていた。
花を見たいと 翌年早い時期に もう一度同じ場所へ行ってみた。
真っ白な 先の尖った花びら(実際は苞)を何枚も合わせて咲いているキヌガサソウを見た時は 感激した。
足の痛いのも忘れて 這いつくばって描いた。

いつかこれを軸にしたいと思い 骨董市で買った何処かの国の手漉きの紙を 珈琲で染めた。お気に入りの「永田珈琲」の自家焙煎の豆を 濃く入れてたらし混んだが 色が薄く 仕方がないので インスタントを加えて やっと思う色が出た。
顔彩で描き 白は胡粉をしつこく塗った。

表装地は 骨董市で探した蚊帳のようなもの。少々汚れと疵があるものを わざと使った。
上部に 金の筋を入れたのは失敗だったけれど 風子にとって 思いのこもった一幅になっている。

もういちど この花に会いに行きたいが 何年も経つので そこには咲いてないかもしれない。Kinugasosou


 

(キヌガサソウ 華麗なる高山植物より)

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