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2007年7月30日 (月)

会えたらいいね・・(122) 一周年 

Img_1886_1 ブログを始めて 一年が過ぎた。

立ち上げる事から始まって 機械音痴の風子は分からないことだらけで 訊こうにも回りにはだあれも居ない。
ひとつ 事を起こそうとすると 2~3時間はPCの前に座りっぱなしに成る。
母への 愚痴を含めた後悔の日記を載せるつもりが 途中で恥ずかしくなって止めてみたり HP用の素材が面白くて使ってみたり 試行錯誤しながら支離滅裂のブログで 何とか一年続いた。

訪れるお客さまも少なくて 何となく張り合いもなく 「止めようかな~~」 と思っていると コメント頂いたりして また励みになって 続けてきた。

素敵なブログ仲間とも知り会えた。 どんな方か 内容からいろいろ想像する。
ひとつご紹介すると 「林住記」  というのだが 五木寛之の「林住期」 ではない。 新聞を読まなくても そこそこ読んだ気にさせてくれる。面白いブログが見つかると 紹介もしてくださる。

ユーモアと皮肉と風刺で じつに愉快爽快痛快だ。Img_1933_sh01

アクセスの多い 有名なブログもあるけれど 零細ブログでも頑張っているのが好い。

「風子の雑記帳」 も訪問してくださる数少ないお客さまに支えられて これからも細々続けて行こう。

みなさま よろしく!

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2007年7月26日 (木)

会えたらいいね・・(121)  ブログ展覧会(2)

Img_1942_sh01    絵の仲間が 一人去っていく。

いつも 「描けない描けない」 と言うのが口癖だった。 風子よりずーっと絵のキャリアは長い。水彩もやっている。 若い時から絵を見て回っていて 巨匠の絵には詳しい。
 
美術館廻りは 風子も負けないけれど 何を見てきたのか記憶が浅く ただ「行って来た」という満足感のたImg_1944_sh01めに 行ってたような気がしている。
それでも 曲がりなりにも絵を描くようになって 少しづつ見方は変わってきているけれど まだまだ よく見ていない。

風子は 描けないことで悩むことはない。
いつも頭の中には絵の事があって 風景を見れば「どうやって描けるかな~~」 とか骨董屋、リサイクル店、 雑貨店に行けばモチーフになるものを探してしまう。
考えることは いつもそちらに繋がってしまう。
Img_1946_sh01表具の時も同じだった。 創作表具に使う年代物の古裂を探していた。

それが 楽しい。

結果 描けなくても どうって事はないのだ。
仕事ではないから 途中で止めれば良い。 絵の具とキャンバスと時間は無駄になるが 何もしてはなくても 無駄だらけの生活だから どなたかの言葉を借りれば 『素敵な無駄』 なのだ。
Img_1949_sh01描いている時が楽しく 嫌なことをいつの間にか忘れていれば それで良い。
おまけで ちょっとでも 「いい絵」 だなんて褒められれば 有頂天になる。

「絵になっていようがいまいが」 それで良い。
最近 先生から 「絵になっているかどうかは 大した問題ではないかも知れない」 とコメントを頂いた。
風子は 「描く楽しささえあれば プロではないのだから・・・」 と理解している。

辞めていく人は いい絵を描いていて 私の描けない画風で 真似できないと思っていた。だから自分流で行くしかないと決めている。

暫く休んで もう一度一緒にかける日が来るのを待っている。  

 
 

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2007年7月22日 (日)

会えたらいいね・・(120)ライブ

  新所沢スワンでの 遠藤律子ライブは久しぶり。
六本木、銀座方面が多ので 帰りのことを考えるとつらい物があって ここでのライブを楽しみにしている。
前回と同じ 遠藤律子P 山口彰B  貝増直樹Perc。」

大分前に 友人を誘って行った時は Percがあまりにも乗り過ぎて ライブハウスが狭いので鳴り響いて それで友人は懲りてしまったようで お誘いしても付き合ってくれなくなってしまった。
変わりに 付き合ってくれるImg_1880_2方も今回は用事があって 一人で行くことになってしまった。
一人歩きは慣れているというものの こういう場所での一人は心細い。

その後 Pecが貝増さんに変わってからは 他の二人よりずーっと若そうだけれど 息がぴったり合って聴いていても心地よく 楽器を自分で作って加えたりして 楽しい。

風子は 律ちゃんはもちろんの事 Bの彰さんのファン。
彰さんは 阿川泰子(当時ネクタイ族のアイドルだった・・・?)が 鈴木章治(故)リズム・エースで歌ってた頃のB奏者で 今でもスウィートベイジルなどあちこちで一緒に活躍しているようだ。
年一度 お会いするだけなのに 遠慮なしの質問にも気軽に話してくださって 今回はWBの弦(ガット)の構造まで説明してくれた。 最近はスチールだけの物を使う人がほとんどだけれど 彼は芯にガットを使って回りをスチールで巻いたものを使っているそうで 音が軟らかく成るそうだ。
「切れないんですか?」 と伺ったら 「切れると悲しいね・・・、」 と言う。「そうですよねー」
と言ったら 『買わなきゃならないからねー』 と返ってきた。
彰さんらしい。  
Img020_sh02
聴きに来る人も少なくなって いろいろと大変なようで 今日もお客さんは10人程。
知らないから来ないのか 興味がないから来ないのか・・。

私自身 彼女と知り合いで彰さんを知ったのだけれど 素晴らしいベーシストだと思っている。
めったにゾクゾクする事のない年齢になってしまったけれど WBを抱えて陶酔して奏でる音は最高で 他の方にも是非 耳も目も傾けて欲しいのに・・・、と残念で成らない。

最近の新譜CD『心配しないで』は スローピアノ小曲集で デュォ・トリオの演奏になっていて 静かに耳を傾けていると 彼女の心が伝わってきて ジーンとしてくる。

彼女も ご両親を介護しながらの演奏活動で こんな中から生まれた曲なのだ。
ご家族の介護でせわしない毎日を送っている友人にプレゼントしようと CDを買ってきた。

また 来年まで 会えないのかな・・・・・? 六本木まで出掛けてみようかなー。

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2007年7月19日 (木)

会えたらいいね・・(119)古代蓮・彩象展

Img_1965_1  昨日は 朝5時起きして行田の蓮の花見物に。
テレビや駅で宣伝しているので どんな処か一度行って見ることにした。朝10時頃で萎んでしまうというから 行田からのシャトルバス8時15分発に乗る必要がある。

自宅駅ー所沢(乗り換え)-秋津 ・・(徒歩)・・新秋津ー南浦和(乗り換え)-浦和(乗り換え)-行田

ところが うっかりして気がついたら熊谷。
バスに乗り損ねたら 手段はタクシーしかないのだ。
慌てImg_1964て飛び降りて反対のホームへ回る。運よく上り電車がが来ていて 締まりかかったドアーを開けてくれた。地方は優しい。
友人は 早く歩けた私の足にびっくりしていたが 出かける時は前夜から医師の指示に反して 翌日反動が来るのを覚悟で強い痛み止めで備えてある。

お陰で バスに間に合い 25分ほどで古代蓮の里。
いつもより 10日早いそうで 殆どが蜂の巣状態の種に成りかかっていて 花も蕾も少ない。
ここにも 温暖化が影響。

蓮は 3日が命で 朝 蕾が膨らんでは昼頃閉じ 次の日また開いて・・と繰り返し 3日咲いたら4日目には散ってしまうので 2日目の花が一番美しいそうだ。

贅沢を言わせていただければ 沢山増やしてそれが売りなのは分かるけれど 蓮は水面に浮いた藻や水に映る花の姿を含めて 風情があるので 余りに(花ではなく水面を埋め尽くした葉が)多すぎて食傷気味だった。
多分 風子のお臍が曲がっているのだろうが・・・。

見終わって10時45分の帰りのバスに乗れたので 北浦和の「近代美術館」で開催されている 『彩象展』 に廻る事にして 昼前には着いてしまった。
贔屓の絵描きさんの『絵』 を今年は・・・?と毎年楽しみにしているが 何年かの間に大分出品者が入れ替わっている。
撮影OKというので お気に入りの何点かを 撮って来た。
もちろん 加藤栄吾先生の作品は 正面に2点あって 目立っていた。

Img_1977  Img_1978Img_1972 Img_1974                             








無理をし過ぎた反動で 今日は 手も足も肩も 使用不能。
  朝から 珈琲とお菓子ばかりで 明日は動けるだろうか・・・?                                                   

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2007年7月18日 (水)

会えたらいいね・・(118) 眠れない夜

Img016  雨もあがって 久しぶりに体調がいいので 伸び放題の草を少し整理したり 買ったままの花を やっと植えて 心地よい夜のこと。

夜中に 「ゥウゥー、ゥウゥ~」 とサイレンの音がする。 救急車ではないし、パトカーでもないし・・・、と 暢気にPCに向かって 就寝前のお仕事(ブログチェックとついでのゲーム)に熱中していた。
その音は どんどん増える一方で カンカンと言う音まで聞こえてきた。
「そうかー、消防車なんだー、何処か火事なんだー・・・・」 と思っているうちに 音が鳴り止んだので いつの間にか気にならないでいた。

そのうち 息子が帰ってきて 「家だけだぞ!出てないのは!」 と言うので 「何がー?」と返したら 「そこが火事だよ」 と言う。 
慌てて出てみたら ご近所総出で 10軒ほど先から 黒煙が立ち昇っている。

「さっきまで まっかに火が上がって火の粉が飛んできて 近くにいたら熱いから 逃げてきた。 やっと火は沈まったみたい。喉が痛くなってきた」

「犬がいるけど 綱ほどく間があったかしら? 犬小屋は燃えちゃったって!」

「おじいさんが 見つからないみたい・・・・」
Img021_sh02_2
「ほら また 火があがった!」

出遅れた私は全く様子が分からない。
越してきて20年になるが ほとんどご近所付き合いがないので どんな方が住んでいるのか知らない。ただ建物が隠れる程大きな樹に囲まれているので 通るたび暗いだろうに・・・、と思っていたお宅らしい。

近くまで行ってみたけれど ロープが張られて よく見えない。赤十字のマークの方や 県警の方が 「Mさんの(火元)お家の方いらっしゃいますかー」 と言って回っている。
どうも 行方不明で まだ火の中に居るらしいと話していた。
そのうち 小学生らしい男の子が 酸素マスクをつけて運ばれていった。

みなさんパジャマで飛び出してきた方が多く 煙が昇ってまだ放水は続いていたけれど 3時間余り経って寒くなったり喉が痛いからと三々五々引き上げていった。
翌日の新聞には 地震の記事ばかりで 地方版にも載っていなかったが 夕方になって 訃報と 週末に予定されていた自治会の「納涼祭り中止」の連絡が流れてきた。

原因は不明らしい。 その前日には わが家から見える距離の所で 若い女性が襲われたり 放火の注意があったりで 静かだった老齢化した団地が 急に恐ろしい街になってくるような気がして 眠れない一夜だった。 

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2007年7月15日 (日)

会えたらいいね・・(117) ブログ展覧会(1)

         Img_1940_sh01  Img_1948_sh01                                                 Img_1935_sh01_1 Img_1937_sh01                                                                                                                                                             
絵画教室も 台風のためお休みとの連絡を早朝に頂いたので 今日一日何もすることがない。

二回で静物の小品ということだったので ずーっとモチーフを考えていて 花やさんを回ったり 骨董店に行ったりして モチーフ探してたのにィー。 

多分 若くはない上に 描きたい気持ちだけは一人前な人ばかりなので 台風なのに無理を押してやってきて 事故があったら・・、と 先生のご配慮の上だったと思うので 文句を言ってはいけないのだ。

アトリエに通い始めて 油彩のお月謝袋が4枚目に入った。やっと4年生になったということで その前に グァっシュ時代が2~3年(これは幼稚園と考えている )ある。
水彩に2種類あるなどと知らず 透明とばかり思って入ったのに グァッシュというのは不透明で当てがはずれた。
本来 順応性はある方だし 描いてみたら面白くなって描きまくった。
(軸創の時も 数をこなす事で技術が上がると 100以上創ったが それは職人芸の事で 絵には当てはまらないと 最近気がついた。)

そんな訳で グァッシュ時代に 例えば 「花」を描いた時 先生に「シリーズで描いても面白いですよ・・」 などど言われると 毎日庭の花を何枚も描いたりする。
見ていただくと 「絵になっているのもあるし そうでないのもある・・・」 などと言われ 「絵になってない」 のとの違いが 分からなくてまた食い下がる。
先生はきっと 絵は理屈で描くものではないと思ってらしたに違いない。 

結局は まだ分からないのだけれど・・・。

わが家の階段の壁には その絵が邪魔なくらい並んでいる。
片付けたいけれど仕舞う場所もないし・・。
飽きてしまったので 今回終おうかと外したので その前に写真にメモった。
「絵になってない」 のもあるけれど どれがなってないのか 区別がつかなくなってしまったので 全部並べてみる事にした。

成っているのは いくつ位あるのかな・・・?

先生は 「好い絵は 飽きませんよー」 とおっしゃるけれど。




   

                                 





                              

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2007年7月13日 (金)

会えたらいいね・・(116) お盆

Img_1892 今日は 父や母 そして子供が帰ってくる日。

この辺は 旧暦でするところが多いようなのでそれでもいいのだけれど 母は静岡生まれの静岡育ちのくせに 結婚して東京暮らしになって 妙に東京人である事に拘って 新暦でお盆を迎える習慣になっていた。
だから 母を立てて新暦で迎えている。

菩提寺がある訳でもなし 都営墓地なのでお迎えには行かない。
勝手にお出でいただくのを 待つだけ。
それでも 乗り物はきゅうりとナスで用意して 玄関先で迎え火を炊いて 順番に背負ってお入りいただく。
誰も見ていないからいいようなものの 多分可笑しな光景だと自分でも恥ずかしくなるけれど 父や母がそうしていたので そうしている。
きっと こんな事も私が最後だと思っているけれど。

「千の風・・・」がブームになって 「私はお墓にはいません」 と言われるまでも無く分かっているけれど お骨が収まっている事は間違いなく そこにも居るのだと思っている。
何処にでも居るのだ。 

変な話 母が生きている時は 母の住居にしかいないので 嘘がつけた。
それが 亡くなってからは 何をしてもいつも見られているような気がして 母に誤る事が多くなっている。
4日間は 一緒に居るのだから 好きな物をご馳走しようと思っている。

去年は 外出していて 迎え火を慌てて夜中に炊いた。玄関先でながく待たせた分 一日多めに滞在していただいて 送った。(j実は その日も出かけていて送る食事を供えそこなったし 夜更けの道は迷うだろうと 勝手な理由をつけた)

最近は お盆とかお彼岸がやたらと気になっているのは 自分も近づいてきたからなのかもしれない。








 

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2007年7月10日 (火)

会えたらいいね・・(115) 白根火山

Img_1926 草津は何年ぶりだろう。

建築会社に居た頃は バブルが弾ける前だったので 社員旅行で大挙して来たけれど まだ若く(今よりは25年も) 遅くまで宴会で 温泉など入る時間も無く 今思うと もったいない事をしてしまった。

今回は 急に宿がとれて 友人を誘う間もなかったので 一人淋しく2泊もお湯に浸かることになった。
西の河原の露天は 広くて湯量も多く快適だったが 最近は若い女の子が何人か連なっての温泉回りが多くて 雰囲気がちょっと異ってきている。
の河原だと思っていたら 20年ほど前に イメージが良くないと言う事で 西の方にあるので 西 に変わったのだと どなたかが言っていた。
古い方は 昔の字のほうが良いと反対があったそうだ。

2泊宿を取ったので 温泉に浸かっているだけでは・・、と 白根火山の湯釜を見物に行くことにした。
Img_1931何年か前に行った時は 雨で一寸先も見えなかったので登らなかったし 今回もガスって足元も悪い。 歩けるかどうかが心配だったが いつ来られるか分からないし ダメだったら戻るつもりで 登ってみた。
案の定 何にも見えない。。回りの人は 諦めて戻っていく。ガスが切れるまで待ってみようと思った。 立っているのが辛くなって 岩に腰掛けていると 髪が濡れて 寒い。待つこと30分。諦めて戻ろうとしたら 微かに色が出てきた。 瞬間 薄いコバルトブルーの湯釜がぼImg_1929んやりと見え また霧の中に消えていった。

もうこれ以上は無理だろうと 引き返した。

足元は石と濡れた土ですべるので 一歩一歩確かめるようにして歩いていると どんどん追い越されて前後の人が見えなくなり 心細くなる。

一人歩きは慣れているけれど こういう時は誰か連れがほしくなる。

落葉松が 霧にかすんで 墨絵のように美しい。好きなヤマハハコは 時期が早いのか白い花は まだ顔を見せていない。
ロープウェイで登るとコマクサが一面らしいが 無理なので レストハウスの花壇に植えてあるのをカメラに収めて バスに乗った。

体が温かくなってほっとすると 「やっぱり一人旅は好い!」 などとまた強気な風子になっていた。
  
 

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2007年7月 6日 (金)

会えたらいいね・・(114) ウォーキング

Img_1748_1                                       こうやって古い日記などを見ていると 元気過ぎるほど元気だった時期が懐かしく 今の風子は何なんだ・・・、と泣けてくる。

30歳の時 一人縄跳びで右アキレス腱を切って手術。2年置いて また縄跳び一回跳んだだけなのに 左を断裂。
あまりのだらしなさに 奮起一転して 足腰鍛え始めて 順調に体力つけたのにィ・・・。
新宿ー青梅 勝ち歩きだって 飲まず食わずで 3000人以上の参加者の中 8時間で歩いて 100位。 スポーツ音痴の風子にとっては快挙でちょっとした自慢! 今でも新聞とってあるくらい。

それなのにそれなのに こないだ内までは 横断するにも 青になっていると渡りきれなくて 次の青まで待って渡っていた。

最近 かなり歩けるようになったし 0円のウォーキング雑誌に 草津で白根山のお釜廻りの2デイマーチがあるというので 短いコースならボチボチ歩けるかな?と問い合わせたら 最後の人に係りの方が付いてくれるのだという。
あまりボチボチでは 申し訳ないので諦めることにした。

せっかく宿も取れたし 高速バスもG席がとれたので  誰か一緒に・・、と誘ったけれど 振られてしまって また一人旅になってしまった。
勝手気儘な風子だから 仕方が無い。
白根山ではなく 温泉巡りに変更して ふやけて来よう。

                                                                                                 

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2007年7月 2日 (月)

会えたらいいね・・(113) 新国立美術館

   Img_1882 モネ展は今日で終了。

行きたいと思いながらも 六本木と言う場所に慣れていないのと 新国立美術館のあまりの評判の悪さに重い腰が上がらないでいた。
行って来た友人に混み具合を聞いたら 60分待ちだったと言う。
会場内の様子は想像できるし迷ったけれど 問い合わせたら10分待ちというので 出かけた。
5分程で入場できたものの 当然の事ながら牛歩状態。 
少し大きくなると 離れて観ないとよく解らないのに ぴったり何列にも張り付いているので 全体が見えない。
「睡Img021_sh02_1蓮」はもちろん 「日傘の女性」や「ルーアン大聖堂」の 筆跡を見たかったので 逆に張り付いて居たことが幸いしたけれど・・・。
ルーペで見ている人がいるのには驚いた。

対象を有る程度決めて 時間、天候などの変化による光の変化が 色彩のニュアンスに影響を及ぼしているらしい。 
「日傘の女性」 は画集でもよく見るけれど そういう目でみると 確かに風が光って流れているのが美しかった。

「積みわら」 は 埼玉近代美術館の常設に展示されているものがあった。
三井住友海上が大きな「睡蓮」を所有していた筈。 こんな時こそ見せて欲しいのに 御茶ノ水の本社に仕舞い込んだままなのだろうか? それとも何処かに・・?

とにかく 新美術館は評判通り良くなかった。 曲がりくねったガラスの外壁(?)の内側は 工事中と見間違うような足場になっている。 ガラス拭きの足場にでもなるのかと思ったらそうでもないようで デザインらしい。
新しいから ガラスも光っているけれど 埃や雨で汚れて わが家のガラス窓のように 水玉模様になることはないのだろうか? 
黒川先生監修なのだから そんなこと心配には及ばないとは思うけれど 疲れる美術館であることは間違いない。
3階は 広々としていて 其々の展覧会も人も疎らで ほっと出来た。

古くても やはり美術館は 上野が好い。 

   

 

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