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2007年5月29日 (火)

会えたらいいね・・(102) 県展

今日から 『県展』 が始まった。
自分で描いたのだから そんなに早々と見に行く事もないのだけれど 様子が解らないで 友人に知らせるわけにも行かないので とりあえず様子を見に行った。

Img_1814_sh01_1自分の絵にやっと辿り着いて(部屋が解らないのだ) 愕然とした。
汗が 背中に流れてくる。
絵はともかく 額が本当にお粗末で 貧弱な絵が余計哀れに見えるのだ。
身近で額が目に入らないよう 気を使ってくれたと思うような(そんなことはないけれど) 高い処に展示されているから良いようなものの お粗末だった。
展示されることを 考えていなかった。
出品すると言う事だけで 入選後のことは考えてなかったから 有り合わせで間に合わせてしまった。
出戻ってくる事を承知で とりあえず 娘を嫁に出してやった感じだ。

出来ることならお願いして 額を交換したかった。

まあ 仕方が無い。 

掛け軸を創っている時は 「本紙を良く見せるのも着物(軸装)次第」 といきまいていたのに 何たる不覚。
絵だって 友人に「見に行って」 と言えない気がしてきた。
2,3人には知らせたが やっぱり 他には知らせないでおこう。
そんな思いで 胸がいっぱいになってくる。

友人知人に囲まれて 写真を撮っている嬉しそうな人達を尻目に 手を目イッパイに伸ばして 高いところに展示された絵を 「ブログに・・・」と言ってくださった方に 恥ずかしげも無く載せるために 撮ってきた。

「胸を張って良い」 と言ってくれた人も居るけれど やっぱり だめだ。

最後尾で入ったにしても 帰ってきたら 記念に「新しい額」を着せてあげよう。

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2007年5月27日 (日)

会えたらいいね・・(101) 病院ツアー

Img_1747                             

25日定例の病院ツアー。

まず 河田町のT女子医大へ。
いつものように診察室前には 「60分遅れています」 の表示。 最近は手書きではなく 数字のみ書き入れれば済むようようになっている。 60分ということは 100分は待つ。午前中からの遅れなので 担当医は昼食時間無しで遅れを埋めていくのでお気の毒で こちらも聴きたい事をメモして 早く診療を終えるように気を遣う。
担当医が悪いのではなく 予約を多く取りすぎる病院の経営陣が悪いのだから 若い医師に責任はない。 どっちみち「痛い、辛い、腫れがひどい」 と言ったって 治る薬がないのだから 通院も意味がないのだけれど 一応診察を受けるだけ。

次に 早稲田にある立派なホテル内のクリニックにタクシーで向かうのだけれど 気分が良いのでタクシー代を倹約して 夏目坂を歩いてみた。
麻疹で休校の早稲田の街は人も疎。

担当医は 肩書きは T女子医大教授で こちらの所長。
これも とりあえず 午前の採血跡の横にまた針を刺してして 4本も採って 正常値にも関わらず 高い薬を飲み続けるだけ。
今日は話すこともないので うっかり脳梗塞などの話を口にしてしまったら 早速 メタボリック検査を薦められ 断ったのだが 再三の辞退にもかかわらず CT検査を受ける羽目になってImg_1745_1 しまった。
肥満気味ではあるけれど コレステロール・血圧・血糖値・etc は正常だから該当しないのに。
結果のグロテスクな映像をお土産に頂いて 検査料一万円也 を払って帰ってきた。
こうして 国保を無駄使いして 病院経営に貢献してしまった。

国保は こういう無駄な検査をチェックする気なんて 全くなく 老人医療の切捨てしか考えていないのだろう。

101回から 新規一転のテンプレートに変えようと思ったら 今までのも変わってしまうとかで 現状で行くことにした。
飽きたでしょうが お付き合いください。

  

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2007年5月23日 (水)

会えたらいいね・・(100) 100回記念 

Img_1742_3 去年の8月から おっかなびっくりで始めたブログも 今回で100回に漕ぎ着けた。 
最近は アクセス数などが出るので良いような悪いような 空しい気持ちに 襲われることもしばしば。 
それでも 頭の体操と鞭打ちながら 恥を書き続けて来た。

何か記念になる思いを書きたいなーと思っていた矢先 思いがけないニュースが郵便受けに飛び込んできた。

『県展入選(洋画部門)』 のお知らせ。 期待はしてなかった。 来年を目標にしようと思っていたので 出品した事を知っている友人が 「通知はまだ?何日頃?」 と心配してくれるけれど 「まだ来ないからダメだと思う」 と言っていた。

煽てられると 樹にも登ってしまう性格。 大分前に ブログに載せた絵をとても褒めてくださる方がいらして 50号の枠を絵描きさんから要らないからと頂いたものがあったのImg_1743で その絵を元に描いてみようと始めた。

10号の絵を50号に描くのだから もう一度スケッチをやり直しに お教室の近くの栗林へ 始まる30分前に毎週通った。
県展など 頭になかったので 描いている毎日が楽しかった。結果 描きあがったので 出すことにした。

50号ともなると 手が自由に使えないので 見ていただくために運ぶ事が辛い。1.2度見て頂いたけれど そのまま黙って出品してしまった。後になって もう一度見て頂いていたら もしかして・・?などと 欲が出てきたけれど 来年に託そうと諦めていた。

それにしても 嬉しいものの 気が抜けてしまった。こんな簡単に入選していいものかと。
先生に報告をいれたら ご自分の事のように喜んで下さった。

ブログのImg_1749_1絵を褒められたこと。50号を頂いたこと。お教室で点描を描いてみたこと。
全てが 偶然の一致で 良い結果となった。
其々の方に 感謝している。
おっと 忘れた。  食事の支度もそっちのけで 絵三昧の生活に 文句ひとつ言わず じーっと「忍」の一字の方にも 感謝しなくてはいけない。 

そんな訳で 絵は今ここにはないので 母への思いの手紙で間に合わせ。 
 

 

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2007年5月20日 (日)

会えたらいいね・・(99) お月様

Img_1808 お月様の下に輝く星は 何星?
調べたら 簡単なことなのに調べるのがめんどくさくって・・。

絵のお教室の帰りは 稲荷山にあるサピオに寄って のんびりお風呂に入って帰る。 
3階のジャグジーの広い窓から見える木々はゆさゆさと揺れて 「風が大分吹いているんだなー」 と眺めていたけれど 湯上りの体には心地よく 澄みきった夜空に 三日月と星が 輝いていた。
辺りを見渡しても 他の星は見えないほど 一段と輝いている。
写るかな~~? と思いながら シャッターを押した。 写真の得意な方から見たら 笑ってしまいそうな写真だけれど あんな遠くにあるのに写っていたというだけで 私にとっては どきどきするに充分な出来事。

帰りにスーパーに寄って 鰹のお刺身を買って帰った。 もちろん お酒は・・・・ある。

12年まえのこの頃も 風が強かったんだなーと 母への手紙を読み返している。Img_1734 

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2007年5月17日 (木)

会えたらいいね・・(98) 日焼け止め

Img_1744                  
             













何年かぶりに 日焼け止めを買ってみた。

買ってみたというのは Kハウスの広告に 「石鹸で落とせる」「効果の無い時は返品可」 とあったので 試してみようと思った訳で たいして期待はしていない。

孫に 「しみ」の数や「しわ」や「たるみ」を指摘され 「年とったら きれいにしなくちゃ ダメなんだよ」 なんて言われて 「いいの!!」 と言ってみたけれど 多少は気になっている。
それよりも 日焼けは気にしないと言いながらも 母のように赤銅色になるのも なんだし・・・と このところ庭に出て 朝日を浴びる度に思っていた。

日ごろ 顔は石鹸でしか洗わないし 基礎化粧品も 840円也の「れんげ」で すべて賄っていて 化粧落しに手間隙かけるのがいやなので ごく簡単に済ませていた。
今まで何でもなかったのに 最近になって 成分のレモンがひりひり沁みる。 おかしいな~とは感じていたが 毎朝 スッピンで庭に出て 朝日をあびているので どうも日焼けらしい事に気がついた。Img_1740_1

この「日焼け止め」は 石鹸で洗うだけで良いとある。
以前買ったものは SPF50.PA+++ とあるが石鹸では落ちなくて 洗顔用の化粧品を買って落としたけれど 面倒で辞めた。   この度のは SPF20.++なので 多分 効果は少ないのだろうけれど 使ってみたら その日は ひりひりしないので 多少は効き目があるようだ。

けれど 「一ヶ月使って 効果がなかったら 返品OK」 というのは 良く解らない。 「肌に合わなかったら」 と言うのなら解るけれど 自分の顔の色は記録してないので 証拠がないし 効果があったかどうかは 証明できない。

Kハウスは  その点良心的で きちんと理由があれば交換、返品できるから 安売りはしないけれど 何時行っても混んでいるのだろう。

一ヶ月したら 友人に会って 日焼け止めの効果を 確認してみよう。

 

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2007年5月14日 (月)

会えたらいいね・・(97) 母の日

今日は 母の日 

いつ頃から こんなに 「母の日」 が 店先に並ぶようにになったのだろう?
12年前の 懐かしい記録。
この息子も 昨日は孫とお嫁さんが 一緒に 花籠もって。

Img_1739










昨日は 仕事で泊まりでの長男も 紫陽花の鉢 抱えて帰ってきた。
実家を壊した時 母の大事にしていた紫陽花が 行方不明になってしまい
その代わりにと。
その大きさになる頃は もう私は この世にいないけれど・・・。
Img_1751















この頃は こんな事考えてたんだ・・・、と思うと ちょっと恥ずかしい。
今は 欲も希望も 諦めになって 居直っている。
それもまた いいもんだな~~と。

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2007年5月11日 (金)

会えたらいいね・・(96) 父の誕生日

Img_1798 5月10日は父が生きていれば 100歳の誕生日。

贔屓にしているブログがあって その方が端唄の会の事を書かれていて ふと父の事を思い出した。

十二社(今の西新宿)で生れて 転勤であちこち行ったけれど 娘時代は また其処に戻った。夕方になると 綺麗なお姉さん達が行き交い三味線の音が聞こえて 犬の散歩をしながら いいなあ・・・、と思っていた。
芸者の仕事がよく解っていなくて 母に 「芸者になりたい」 と言ってびっくりさせたこともあった。

寡黙で いつも山本周五郎を好んで読んでいるような父だったが 元警察にお勤めだった方に惹かれたという芸者さんが近くにいて 父は其処へ 小唄の稽古に通っていた。
目が大きくて 小太りの方だったので 先生の前では 「おっしょさん」 というのに 家では 「たぬき」 と呼んでいた。
Img_1796  
晩酌をしながら 小唄(端唄)を口ずさみ わたしは傍で合いの手を入れるのが面白くて 父の邪魔をした。
「梅にも春」は ♪ もしやとおもう 恋の欲 ♪ ここで 「おじさん、おばさん」 といれたり  ♪濃い茶が出来たらあがりゃんせ♪ で 「ささ もっといで~」 と言ったりする。
「奴さん」 は ♪ アコリャコリャ ♪ とか ♪ アリャセ コリャセ ♪ それもそうかいな~~ コリャコリャ ♪ と言って 半被 を引っ張る真似をして 片足でトントンと弾んだりする。

茶碗を箸でたたきながら ご機嫌で唄う父も 会社では気難しく カメラの組み立てで 試作をしていた。
壊すからと 私には使わせなかったが 亡くなった後 精密な図面と数字が書かれたノートが出てきて 父のカメラに対する思いが解った。
Img_1794
母も亡くなって 整理をしたら 有った筈の「蛇腹のカメラ」 だけが無くなっている。
きっと 古すぎて使えないと母は捨てたのだろう。(古いものの価値など考えていなかったようだ)
残っているのは 私が借りたかったカメラだけれど もう使えない。高校の遠足の時 一度借りたけれど 「アーサー100とか200とか 絞りは 曇りは△晴は○」 とメモしてもらったけれど うまく撮れていなかった。

大分前 知りたい事があって十二社を訪ねたけれど 交番のおまわりさんもその地名は知らなくて 迷子になりそうだった。 
例の 「たぬき」 さんのお宅には 「藤間流」 の看板がまだあったので お寄りしてお茶をご馳走になってきたけれど 相変わらず目のぱっちりと可愛い 「おばあちゃんたぬき」 になっていた。 

残っていたレコードは45回転で 今あるプレイヤーは 穴の部分に入るものがなくなってしまっていてかけられなかったので 部品を買ってこようと思っている。
練習に使っていた オープンリールのレコーダーには 父の唄が入っていた筈だが 見当たらない。
 

   

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2007年5月 8日 (火)

会えたらいいね・・(95) 尋常浅間学校 閉校式

Img007 《生前葬 次第》

私は死んだ
ー私とともに日本の民主主義は死んだ。
平和も平等も死んだ。
ーそして 世界は静かになった?
 (辛淑玉「辞世の句」?)


● 尋常葬儀社による本日の葬儀ご案内
  (オオタスセリ)

    1、ご遺体が歩いて入場
    導師 無着成恭
    楽師 小室等さん奏でる(冬のソナタ)Img_1777_1
    中 白のドレスのご遺体に 
    泣き女が「アイゴー、アイゴー」 
    と泣き崩れながら 随行。
    ・・・たくさん泣いたほうが 哀悼
    の意を表すらしい。
    泣き女や泣き男を雇う事 
    もあるという。Img_1785Img_1779
  2、葬儀委員長挨拶 : 永六輔
    体調があまり芳しくないご様子。
    奥さまの「まさこさま」が
    なくなられて 五年目。
    男は 妻に亡くなられて 
    五年目が危ないとかで 
    参列者から ご忠告を頂く。
     逆の場合は20年生存の由。
  3、ご遺体が語る : 辛淑玉
    「私の鬼哭収拾?」
    本人が語る自分の人生の収拾方法」
    ・・ バックに幼い頃からの写真や 
    若い頃(今より)の美し水着姿は 
    モデルさん?と見まがうばかり。
    ごく最近の「過激なお言葉」しか知らないImg_1780
    ので いつ頃からこのように?
    と思ったら やっぱ素質はあった
    らしい。
    在日韓国人として 生きて来た
    人生には 凄まじいものがあって
    強くなってしまったようだ。 
    のほほーんと生きてきた
    自分の勉強不足に反省。
  4、解剖所見 : 鎌田實
    (全人的に解剖。 
    医学的所見を述べる)
    胸部 腹部 下肢と ユーモア
    たっぷりに 詳細な数字を入れての所見。
    鎌田先生が こんなに面白い方だと
    初めて知った。
  5、読経 : 永六輔(浄土真宗)・無着成恭
    (曹洞宗)・高橋卓志 神宮寺住職 (皆の宗Img_1784_sh01
  6、引導 : 無着成恭
    払子は3回に省略
    理由 五戒(十戒) ①不殺生②不倫盗③不邪淫
    ④不貪欲⑤不邪見 のうち
    ③の淫らな性関係をもたない と④の飲酒 飽食 etc
            を除く。 酒と女(男)は 二合(号) までと
     
いつもの脱線。危ない危ない『イエローカード』
  7、弔辞 : 筑紫哲也・佐高信
    佐高信さんは ご遺体の生前の生き様を良くご存知で
    前夫との 馴れ初めから話すので 辛さんが途中で
    ムッとして 「そこまで話してしまうの?」 と言う
    雰囲気に 「ここまで」で終った。
    筑紫さんは いつもの穏やかな笑顔で 「将来 辛さんと
    「漫才をしたかった」 などと言うから大笑い。
    もちろん 突っ込みは・・・???
  8、弔電披露 : 川田龍平Img_1786
  9、会葬者お焼香 楽師演奏
 10、 辛淑玉は 
    迷惑な「千の強風になった」
    楽師たちによる 追悼コンサート
    小室等・佐久間順平・李政美・
    趙博 他
 11、精進落とし:橋本憲一
    (梁山泊主人)
    コンロに醤油をたらし 
    火をつけて香りのみ。
    あとは ジョークと駄洒落の料理。
 12、葬儀委員長 「会葬者へのお礼および
    本人の 「再生宣言」と「辞世への抱負」
    は
    Img_1787_1 今まで以上の 強烈な嵐となりそう。
 13、出棺 
    納棺され神宮寺さんのスタッフに運ばれて
    花道?を 退場。

    
     会葬者御礼の品は 人生消したいところは
     これで消してくださいと 『消しゴム』

     これにて 生前葬は 幕引きとなった。

     明日は 職員会議。
     
     さて 本当に 閉校になってしまうのかと思うと
     100回目から 遡って参加したかったなーと
     残念に思いながら 宿へ戻った。
    
    
     

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2007年5月 7日 (月)

会えたらいいね・・(94) 尋常浅間学校 閉校式

浅間温泉にある 神宮寺さんでの尋常Img009浅間学校がいよいよ閉校になり 最後の授業 100回目が5・1~5・6日まで通して行われた。

5日Img_1772Img_1773 その7時間目 感動指数コンペティション②を受ける。

講師の後ろには 108(煩悩の数)の言葉が掲げられ 其々がいくつかの言葉を選び それをテーマに 思いを語る。
登場ミュージック(?)は オオタスセリさんのコント入りだから堪らない。 真面目に話す人も出鼻をくじかれてしまったり。
沖縄から 知念さんが見えて 「ゾウの檻」 問題について 法律の矛盾さを訴えたり 元鷹巣市長・Img_1775川徹さんは 「老後の安心の町」から「不安な町」になってしまった経緯を真面目、訥々と語る。
「存在」 と言うテーマで語る川田龍平さんの 「経済(効率)が優先されている今、何が有っても どんな人でも 生きていて良いんだよという 世の中にしたい」 と静かに話されるす姿に 胸をうたれた。 今年 参議院に立候補されるそうだが お母さまも一期で辞められたし 数で決められていく政治に HIVという体でどのくらい頑張れるか心配になるが 「命 尽きるまで」 という覚悟が伝わってくる。 それでも 小室さんの歌に寄っている姿や  スセリさんのコントに爆笑している姿が若者らしく いつまでもお元気で・・・と祈る。 「頑張らない」の鎌田實さんもいらしていたが 「頑張ってね!」 と エールを送った。
「辛淑玉姐御」 は 去年一年 米国留学でひっそりだったが (それでも おんな組100文字配信で メールは入っていた) 相変わらず歯に衣着せぬ発言で 男性も893さんもたじたじの元気振り。
『スゴイー! さすがスゴ姐御!』 と言う感じに 筑紫哲也さんも 佐高信さんも 対抗するが 苦笑。
かくして 新緑と鶯のさえずりも消されてしまう4時間近くの コンペティション②も 終了して 暫しの 給食タイム(給食費はきちんと払いました。)

その後 定時制授業 『辛淑玉 生前葬』 に続く・・・・・。  
  
          

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2007年5月 4日 (金)

会えたらいいね・・(93) 花自慢

Img_1753 ほとけさま ご満足?

母は 花が大好きだった。

わが家より もっと狭い庭だったけれど 暇があると(毎日 暇だった) 庭に出て 日焼け防止に 気を遣うこともなく しゃがみ込んでは草毟りをしていたので いつも首の後は赤銅色をしていた。

そんな母に 似てきたなあー、と近頃よく思う。
朝 起きると庭にでる。 草毟りは 手足が曲がらないという事を理由に 自然に任せているけれど 起床が遅いので すでに太陽がさんさんと降り注ぎ 洗いっぱなしの顔は 母の赤銅色とまではいかないかれど 近いものがある。

「日焼けを気にして 花は育てられない」 などと負け惜しみ言ってるけれど ゴルフに夢中になっていた時も そんな事を言って真っ黒になっていて 出来なくなって 「ああ、あの時 気を遣っていれば・・」 などと後悔したから また同じ思いをすることは 目に見えている。

お陰で ほとけさまの花は 不自由する事もなく ほとんど庭で 賄っている。仏壇向きの花ではないけれど 花は 「道を照らす灯り」 だと聞いたので 華やかなほうが良いかな・・、と 「良い加減」 に判断している。
花入れも 仏壇用が嫌いで 近くの陶芸家に創って頂いた箸立てを使っている。
常識に拘った父と違って 何でも有りの母だったから きっと満足してくれていると思う。
Img_1758
・・・が ほとけさまは 母だけではなかった事に 書いているうちに気がついた。

わりと 常識的だった風子の筈だったのに この病気になってから 「良い加減」 に慣れて 何でも有りになってしまい そんなところも母に似てきた。
  

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2007年5月 2日 (水)

会えたらいいね・・(92) 母の日

200705021445000  孫から 「芹をたくさん摘んできたので 取りに来る?」と言う電話。五日市の武蔵増戸に行ってきたと言う。 
去年は ハイキングのつもりで行ったのに 長閑な田舎風景がすっかり気に入って おたまじゃくしやざりがにを捕ったり どろんこになって楽しんだ。
野芹も 足の踏み場もないほど生えていて山ほど採れ 小川の水も温んで 裸足になって 蟹をさがしたりした。
私の脚を気遣う孫達に やせ我慢をして歩いたので 翌日は大変な思いをした 思い出の場所。。
その辺りは 以前開発ををかけだが C.W.二コルさんが猛烈なストップをかけて 今の姿で残ったのだという。観光地にはなっていないので 「知ってる人は知ってる」 という場所なので このままでいってほしい思っていた。そんなわけで 今年も200705021325000_1去年よりも おいしい芹が群生していたという。

いつも 留守番以外にお声はかからないのに 昨日は娘が暇ができたらしくて 「お昼でも一緒にどう?」 とのお誘い。 「外食もなんだから 家で良い?」 と。 願ったり叶ったりの話。
いつも 聞き耳立てている孫二人が一緒なので 内輪の話も出来ないけれど やっと下も小学生になって 娘と水入らずなんて 何年ぶりだろう。 

手料理は 今風だけれど いつのまに・・・?と思うような 見事な腕前で 盛り付けも器も工夫して いつも感心する。 私など 餌としか言えないような簡単な料理200705021330000_2(?)の毎日と違って 時間がある時は 何品も作って楽しんでいるから 孫達も結構 味にうるさくて 嗜好が大人顔負けで 時々 「生意気ね!」 と言いたくなるほど。

二人で 新種の発泡酒の味見。 ゆっくり食事をして デザート付。

その後 母の日のプレゼントは 「すてきな名前入りのエプロン」。 「エプロンするほどの料理なんてしないのに・・・」 と言ったら 「絵を描く時にすれば良いと思って・・・」 と言う。
努々 そんなことには使えない。 絵の具で 一たまりもない。
せっせと 料理に励もう・・・???
200705021330001
お天気も良く 思いがけない早めの 「母の日」 で こんな時だけは 娘が居て良かったと 涙腺が緩む。
いつまでも 穏やかな毎日であることを祈って 芹を抱えて 帰ってきた。
 

 
 

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