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2007年3月30日 (金)

会えたらいいね・・(82) 桜

Img_1684  咲いたァー!!

わが家には 一本の山桜がある。
10年以上前になるが 50センチ位の実生からの苗木をいただいた。 玄関先に軽い気持ちで植えておいたら どんどん育って 二階まで届くようになった。そうなれば いつ咲いてくれるかと毎年期待する。  ところが何年経っても 一向に咲く気配がない。 今年咲かないとなれば 来年こそと期待するのに また今年も・・、との繰り返しだった。
 
今年は 朝起きると 桜の木を撫でて 「一輪でいいから 咲いて欲しい」 とお願いしてきた。 何か変化があるかと 幹に耳をつけて聞いてみても たださわさわと聞こえるだけ。

もともと この土地は雑木林だった処だし この延長の雑木林にImg_1680は何本もの桜が咲いているのだから 土が合わないことはない。
花屋さんで どうしてなのか 訪ねてみたら 「桜は 咲いている時から 来年の準備をしているんですよ。 切ったりしてませんか?」 という。  「桜 切 る馬鹿・・・」 というから 電線に触れている2.3本以外は 切ったりしていない。

2.3日前に 下から見ていたら 一輪咲いているように見えた。 ドキドキしながら 二階へ上がって双眼鏡で見たら 開きかけた葉っぱが 陽にすけてそう見えただけだった。Img_1678

ところが 今朝 いつものように諦め半分で眺めていたら 一輪 咲いているではないか。 間違いではないかと目を疑った。 ちょっと薄めの桜色で。 
ゆっくりと 見渡したら もう二輪咲いていた。

やっと、 やっと咲いた。   
満開になれば それはそれで嬉しいけれど 今年のわが家の桜に 月並みだけれど 「待ってたよー 有難う」 と誉めてしまった。
来年は もっと咲いてくれるよう お礼肥はたっぷりあげよう。あげ過ぎもいけないのかもしれないし・・・。いつ頃あげようかなー。

 

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2007年3月29日 (木)

会えたらいいね・・(81) アルフレッド・ウォリス展

Img_1666   アルフレッド・ウォリス展は31日までと言うので あわてて 「目黒庭園美術館」 へ出かけた。
5月中旬の暖かさに誘われてか 庭園は 桜が満開で 春の草花が彩り良く咲き のんびりと芝生に寝転ぶ若者 容よく並べられた椅子に語らう人々。 ベランダから見下ろす風景が点描画のようにみえたのは ちょっと言い過ぎ?

ウォリスという画家を 私は知らなかった。
彼は船乗りだった。 70才になってから 絵筆を持ち 船 灯台 沖から見た風景など多く描いている。しかも ほとんどが 厚紙やボードに船舶用のペンキや油絵の具で描いている。 私のような新米は 遠近法がどうだとか デッサンが・・とか理屈ばかり先に考えてしまうけれど そんなことは全く関係なく構図も面白く なWm1_sh01んとなくリズムがあって 見ていて楽しい。 きっと描かれたご本人も 自分の生活の中からイメージして楽しく描いたのだろう。 絵の具も何色も使っていないのに きれいな色彩だ。Wm_sh01

この絵を発見したのは ベン・ニコルソンとクリストファー・ウッドがこの家の前を通って壁に掛かった絵を見てだという。

ニコルソンの絵は 4,5年前に展覧会で見ていらい すっかりファンになってしまったけれど 今回 展示されているというので どちらかというとそれを見るのが目的だった。  
ニコルソンが ウォリスの影響を受けているというのもあって こんな絵も描いていたのだーと思ったけれど やっぱりニコルソンだ。 
「海を臨む窓」 は ニコルソンらしい淡い色彩で いつまでみていても飽きない。

グランマ モーゼスは75歳から描き始めたというし 丸木スマさんだって その頃からだ。
私は もっと早くから描いていたら・・・、とよく思うことがあるけれど 楽しくかいていれば それで良しとしよう。

   画像は ウォリスの目黒庭園美術館HPより借用しました

 

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2007年3月26日 (月)

会えたらいいね・・(80)  愚痴

ちょっと Img_1650_1愚痴を言わせて・・・。

暖冬だなんのって言ったって 春は春。
今日は 確実な気持ちの良い春。 昨日の雨で草花もぐーんと背を伸ばして 我が家の狭い庭だって 広く見えるし 花だって 居心地よさそうに咲いている。
なーんにも 文句はない!

けれど 私にとっては 春一番が吹いてから けっこう辛い毎日が続いている。
持病って言ったって 特別なものではなく はっきり言ってしまえば 「リウマチ」
今の時期から 梅雨明け頃までに進行するので この先何処まで進むのかが 痛い辛さのうえに精神的な不安で もっと悪くしてしまう。少し良くなると 「このまま落ち着くかなー」 なんて 急にご機嫌が良くなったりして 出来もしない足でスキップしたくなる。
いくら脳天気を装って勝手気ままな私でも そんな訳で 今はご機嫌が非常に良くない。
Img_1651_sh01
先日の検査で 「痛い箇所が増えて・・」 と言ったら 「薬を増やしましょうか?」 と言うので 「もう許容範囲まで 使っていますよね!」 と言うと 「それは日本の基準ですから」 とのこと。   「じゃあ 私は日本人じゃあないのか!!!」 と 現状維持で帰ってきた。

友人にも 「どう?」 と訪ねられるから 「痛いのよねェー」 といっていたら 「あなたと会うと 痛いって言われるから 会いたくないのよねー」 と 離れていってしまった。Img_1651_sh02   彼女がいうには 何にもしてあげられないからだという。 何かして欲しいなんて思っていないのに・・・。  

また 別の友人に 「どう?」と 聞かれて 「元気よ 調子良いわ」 と言ったら 「温泉に行こう」 というので喜んでいたら 早く出て 『シュノーケル』 をするという。  「ごめん! それは無理。遅れて現地で・・・」 といったら 「別行動はダメ」 とのこと。 「今回はパスさせて」 といったら それから 二ヶ月プッツン。
もともと 旅は一人で行っていた。 あ~~やっぱり 一人旅にしよう。

痛いと言えば心配かけるし 大丈夫と言えば無理を強いられるし そんな関係は こちらからプッツンしてやる。   
こうして 友人 どんどん減らしていく。

もともと 人間ひとりで生まれてきて 一人で死んでゆく。  数少なくなった友人だけど 会わなくたってメール頂いたり お電話頂いたり・・・。
「元気そうね!」 と 受話器の向こうに笑顔が見える。   「そうなのよー。 口の関節はまだヤラレテないからねー。 ほとけさまも 思いやりあるわ」 と笑顔で答える。

偉いお坊さんで 「愚痴はこぼすな」 といわれてる方が 本の中で 愚痴をこぼしている。そのあとで 「愚痴とは過ぎてしまって とりかえしのつかないことをいつまでも忘れられないことである」 と。

この 持病の辛さを言うことは 過ぎてない現状だから 『愚痴』 ではないかも???

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2007年3月22日 (木)

会えたらいいね・・(79) 桜

Img_1640_1 あれから もう10年あまり・・・・、この季節になると昨日の事のようにはっきりと思い出すのです。       
絢子さんのこと。    桜の好きな人でした。
 
「お腹に 握り拳くらいのしこりがあるの・・・・」 そう気がついていても お父さまの入院、そして亡くなるまでお世話をして 自分の手術はその後になってしまい 子宮を全摘。 その2年後に 乳がん 「私の傷は 定形だからきれいでしょ」 と見せてもらったのは 白い肌に横一文字の10センチほどのご自慢の跡。
それから 「自分で見つけたのよ・・・」 と腎臓癌の手術は 見事な袈裟懸けでした
次は 大腸、 「子宮の手術の跡に重ねて きれいに出来たのよ」 と。
それでも 退院するとすぐに職場に復帰して こんな華奢な体の何処にそんなパワーが有るのかと びっくりさせられました。

けれど また次に異変を感じて検査の結果は 弟さんから聞かされました。肝臓癌でした。
今になって考えると C型でしたから 再三の手術の輸血からだったのではなかったのでしょうか。
「余命 三ヶ月」 ということで 手術は出来ず 胸に?ポートとかいうのを埋め込んで そこから血管を通して肝臓まで 抗がん剤を送り込むのです。
朝入れて 夕方外すので 一日2回通院。 友人と交代で送り迎えです。
いよいよ それもだめで 入院となった時 「重たくて 付けられないから・・」と Img_1598_1金のペンダントを渡されました。   形見分けのつもりだったのです。
桜の好きな彼女がデザインした彫金で 私が付けても彼女の気持ちが重なってか 重みがましています。

今は 全く遠のいてしまった「絵手紙」も 彼女が病院のベッドで読みやすいようにと 始めた事でした。
そのお陰で 絵を描くなどと思ってもみなかった私が 今は油彩など描く事を楽しんでいるのですから 絢子さんに感謝しています。
三ヶ月と宣告の余命も 六ヶ月頑張り 
そして 日本列島から 桜が消えた頃 旅立ってしまいました。


送り迎えやお見舞いに通った路が桜のトンネルで 彼女の遺影も背景は桜でした。



 

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2007年3月16日 (金)

会えたらいいね・・(78) 卒園式

あれから 何年たったかな・・・・・。

Img_1594_1 Img_1595_1 Img_1596_1

結婚するでもないのに 家を出て行った娘。
母の家から仕事に通っていたけれど 母が亡くなって 一人は怖いからと都心のマンションに引っ越した。
あれから 何年になるのだろう。
結婚して 二人の子供に恵まれて 今日は卒園式。 4月からは 二人揃って小学生。
その孫が お医者さんになりたいというから 「良かったー、痛いのを治してくれるんだー」 って言ったけど 大きな誤解 糠喜び。
「小鳥のお医者さんだもんっ!」 だって。
まあ どっちでもいい。 いじめない いじめられないで 元気に通ってくれれば・・・・。
 

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2007年3月14日 (水)

会えたらいいね・・(77) 君子蘭

Img_1617 母の君子蘭が見事に咲いている。
花にも相性がある と先日書いたけれど この君子蘭はわが家の花の中で最も相性の良い花のひとつで 母が生前自慢していた花 という事のほかに 微笑ましいエピソードを 持ち合わせている。 
その当時 母の居るK市は 老人福祉に厚く お誕生会・旅行会などあり 一人暮らしの老人には 週何回かのヤクルトが配達され それが受け取らないままになっていると 異変があったということになっていて 福祉の方が訪ねてくれるシステムになっていた。  だから安心して K市にお世話になっていた。
そんな 老人会の中の男性が せっせとこの君子蘭を運んでくれたということで 母は「要らないっていうのに もって来るんだから・・・」と言いながらも 満更でもなさそうだった。
私から見ても 80歳を超えているのに ちょっとお洒落で スタイルも良く 足腰もしっかりしていた母を 時々「きれいだなー」 と思ったりすることもあったので 「さも有りなん」 と思っていた。
そんな母に 父はあの世から妬きもちをやいていたのいだろうか?  待ちきれなくて10年後に呼び寄せられてしまった。
あれから 13年 わが家で子供を増やして 今年は8個の花を咲かせている。
今日は 一輪切って 母に供えた。 
花を前にして あの世で夫婦喧嘩しているかもしれない。 とにかく母を大事にしていた父だから・・。 

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2007年3月 9日 (金)

会えたらいいね・・(76) 相性 

Img_1601_1    

わが家の庭も もうすっかり春。
定番の パンジーやビオラが満開 。チューリップは 毎日 葉をかき分けてのぞいているけれど 蕾はまだまだのようImg_1603_2                       

Img_1613                       

クリスマスローズは 白が消えてしまって ピンクばかりになってしまったけれど とんでもない所に 新しい芽がいくつも出ていて  来年は 花を咲かせてくれると いいのだけれど・・・。Img_1611

花も家との相性があって どんなに大切に気にかけていても あっと言う間に枯れてしまうかと思えば 水遣りも忘れて放っておいても 元気に花が咲く。

塀の上にあぶなっかしく 乗っている 「ヤマオダマキ」はほったらかしなのに可憐な花をつけるので 落ちたら可愛そうと 日当たりのいい場所に移したら 途端に萎れて 慌てて戻したら元気になった。
丈夫な花で 「増えすぎたからもらって」 というので 頂いてきたのに 何度もらいなおしても いつかない。 逆のこともあって 人間だけではなく 花も相性があるらしい。

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2007年3月 4日 (日)

会えたらいいね・・(75) おひなさま

出遅れたお雛さま

Img_1600 娘がお嫁に行くずーっと前から 箱に入ってお雛さまは眠ったままでいた。転勤が多かったので 押入れの奥にしまったら 次の引越し先まで出すこともなくまた運ばれていくだけで いつのまにか忘れられしまっていた。
だから お嫁に行くのが 遅くなったということでもないだろうけれど その時も置いていかれて 今も眠っている。
出すのはいいのだけれど しまうのが面倒で かといってその時季になると 何となく淋しいので 陶雛をかざっったり 自分で描いた絵を軸に したりして その場しのぎにしてきたのに 今年はそれさえも 当日になって慌てて並べた。
Img_1614_1
だから 一日遅れで ここに登場ということになってしまった。

もうお嫁に行く子供もいないし 自分のために買ったので 遅くだしていつまで飾っておいてもいいので 安心している。

まあ 日の目を見ただけ良しということにしよう と納得の言い訳をしている。

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2007年3月 2日 (金)

会えたらいいね・・(74) ツヒノスミカ 

Img_1593_2   

子供の頃から 映画は好きでなかった私が 最近映画にハマッテイル、・・といってもヨン様やキムタクではない。

昨日は 早起きしてポレポレまで 「ツヒノスミカ」 を見に行ってきた。入れ替え制でその時間だけしか上映されないので 朝に弱い私も頑張るしかない。
キャパ150席ほどの映画館にお客さんは10人ほど。この前は夜の部だったけれど 同じような人数だった。

家が逝く  ばあちゃんの90回目の夏が終わる
10数年前にじいちゃんを亡くし ずっとひとりで住んでいたばあちゃんが 寂しいといった・・・・ 。    そして その家を壊して息子の家族と同居することになった。

その家にばあちゃんはひとりで住んでいた。毎朝 2枚のパンと納豆 りんごを絞ったジュース。何十年も変わることのない暮らし。その家が取り壊される。家中に山積みになったガラクタ。この家の時間の証。「それを捨てられちゃこまる。死んでも捨てられない」 と繰り言をいう耳の遠いばあちゃんに 家族のだれもが大きな声で応じる。
ガラクタをひとつ捨てるごとにやりとりする息子との会話。賑やかな物音に満ちているのに 静かさが心にしみて来る。

撮影地が静岡ということもあってか 母が使っていた言葉や訛りに 母をみているような気がしていた。
一昨年 母が一人暮らししていた実家を壊したけれど 母もばあちゃんと同じように 家の隅々に思い出をパンパンに詰め込んで生きてきたにちがいない。
その思い出の荷物を捨てきることが出来ず わが家に持ち帰って もう2年も廊下に山積みしてある。

こうして 生きることが死への道程なら 日々の暮らしは其々との別れを刻んでいくことなのかもしれない。
老年は 夢と現に人を導く。 このばあちゃんのように 達者でしっかりものでもそうなのだろう。
家を取り壊す描写だけで ツイノスミカとなる新しい家は現れず 仮住まいの中で ばあちゃんは佇む。 たびたび現れてくる動かない時計と 古い掛け時計が 何かを意味しているように。 
(一部 チラシから)

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