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2006年10月29日 (日)

会えたらいいね・・(37)・・十三回忌

S41_5 母が亡くなって 12年、13回忌を迎えた。 わが家は お寺さんがないので 都営墓地をお借りしている。 一周忌には 納骨していただいた石屋さんにお願いして お坊さんにお経をあげて頂いたのだけれど いとも簡単なお経で終わってしまい 失礼かと思ったけれど 「終わりですか・・・?」 とお聞きする始末。 どうも次のお声が掛っていたらしく お布施をお渡ししたら いそいそと自転車に乗って立ち去ってしまい 法話のひとつも頂きたかったのに・・・と残念だった。 
それで三回忌からは 般若心経をコピーして 全員で合唱することにした。 今回もその時のものを 用意していったら 月日の経過は正直で ふり仮名がすっかり消えてしまっていた。 
長男は 暗唱できるので とりあえず二品の経典で なんとかあげたけれど 母は苦笑していたに違いない。 Aitai_1
はじめての法事に臨んだ2歳の孫は お掃除したごみを拾ったり散らかしたり 敷いたばかりの 玉石を 花挿しに投げ入れては 喜んでいた。くりくりっとした頭で 小坊主のようで可愛らしく 小さいのが一人加わっただけで 何時もとは異った楽しい法事になった。 
形式にあった法事もそれなりに意義のあるものだと思うけれど 私は今日のような法事が 有難い。
 
私の時には お墓の前にござでも敷いて みんな集まってお弁当でも食べながら 和やかに昔話でもしてくれたらいいなあ と思っている。                

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2006年10月28日 (土)

会えたらいいね・・(36) 公開生放送

Img_0988_1 「竹内靖夫の 電リク ハロー・パーティ」 のご招待のハガキが届いた。 これ何? と思ったら ゲスト “まるで六文銭のように” とあったので だいぶ前に申し込んだことを思い出した。 当たったのだ・・!
 メンバーの 小室等さんはもちろん 及川恒平さんが好きで あちこちのライブハウスには行っているけれど 今回は 文化放送のスタジオ。   しかも無料で こんな良いお話はない。 いつも恒平さんのライブにご一緒しているTさんと 勇んで出かけた。 
スタジオに入ると 説明があって 拍手等も 特別巻きをださないので 盛り上げてくれれば良い、ということで 始まった。 小室さんが ちょっと揚がっているようで 可笑しかったけれど 恒平さんの きれいな伸びのある声は相変わらず。 お佳さんこと四角佳子さんの 澄んだ声と抜群のスタイルの良さは 見ていても絵になる。 途中で 梅干のCM等あって ラジオだというのに 希望者には おいしそうな南高梅が配られ お茶まで出たけれど 感想など聞かれると困るので 横目で見ながら割愛した。Img_0873
大好きな 「ただあたたかく カラッポに・・」は リクエストしたくても マイクを向けられるのはいやだし・・、と思っていたら 予定に入っていたらしく 聴くことができた。 この曲は CDにも入ってないので 久しぶりに聴くことができて ラッキーだった。
電リク ハロー・パーティーというのは 故 土居まさるさんがなさっていて 文化放送としては 有名な番組だったらしい。  それが 30年ぶりに復活 というMaheartor_1ことで力をいれているらしい。 また 何か面白そうな番組があったらなー、と2匹目のどじょうを狙っている。
今 ラジオが面白い・・、という時代になりつつあるのかな・・・?
  
   

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2006年10月26日 (木)

会えたらいいね・・(35) デッサン会

S50_1 市の美術家協会が主催するデッサン会というのがある、 と聞いたので 問い合わせてみたら 誰でも参加できるということだった。 心細いので 詳しく尋ねたところ 展覧会で張り出している以外に そうでもない人もかなり居るということで 度胸を決めて 行って見ることにした。 何処に座ったら良いかとまごまごしていたら 「此処が明るくて良いですよ」 と声をかけて頂き その上  椅子の使い方までご指導されてしまった。
大きなイーゼルを持ち込んで 大きな紙にシャカシャカと自身有り気に描いているので この人はプロ・・? と思っていたら 5分の休憩に “銀座で個展” の案内を配っていた。Bellsani_2       
40分1回・20分2回・10分を2回・2分を10回なのだけれど 2分刻みは 紙をめくる暇も無いほどの速さで 途中で胃が痛くなってきたけれど 何とか15枚をこなして 終了した。  S_10
この会は 指導者がいないので 人のをちらっと覗き込んでみるしか方法はない。今日のモデルさんは 太ったおばちゃんだったのに 出来上がりは 体格の良い男性みたいになってしまった。 そのうち描けるように成ることを期待して 月一回のデッサン会に 入れて頂くようにお願いした。
家に帰って 壁に張ってある5歳のSくんの絵を見たら なんだかほっとした。子供の絵には 勝てない。

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2006年10月24日 (火)

会えたらいいね・・(34) 雨 

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Newimage8_4今日も 朝から雨。       Newimage8                                                            
どちらかというと 雨の日は落ち着いて好きなのだけれど・・。Tulip3_1
特に 青空が見えているのに さーっと降ってすぐにやんでしまう初時雨は 冬の入り口で最後の華やぎのような気がして いいものだなーなんて思ったりする。Tulip3

Newimage8_4まだ 立冬には 少し間があるというのに こんなに冷たい雨が降り続くと 手も足もまだTulip3_1冬の準備ができていないので 辛い。Newimage8_4 Tulip3_1

Newimage8_4ーっと家の中に居ると 汚れが目につき拭き掃除をしようとすると 今度は雑巾が絞れない。 いつもは たくさんの雑巾を用意して 洗濯機で脱水するのだけれど(ほんとうはTulip3_1暮れの大掃除の時だけ) 2,3枚をしぼってみたら がたがたして煩さいだけ。   
JRのCMではないけれど そうだ!京都(電気や)へ行こう、 と 早速電気店へ出向いた。Newimage8_4 いつだったか 通販で 小物が洗える小さな洗濯機があったので 問い合わせたら洗うだけで絞るのは手で、と言われ 買わなかった。Tulip3_1
案の定 「ありません」 という。 「昔の洗濯機のように 手でロールをくるくる回すみたいのでいいのですけれど」 と言ったら 店員さんは 若いので 首をひねっていた。Newimage8_4Newimage8_4Tulip3_1
そう言えば やはり万年腱鞘炎の友人が N電気メーカーへ 絞り機の開発をお願いしたら 小さく作るのはかなり技術的に難しいので・・、と回答があったと言っていた。 そんなものを作ったって 採算がとれないからに違いない。Tulip3_1

帰ってきて 今度は襖を眺めている。Newimage8_3
去年 内装を変えた時に 20年近くたって しみと汚れでどうしようもなくなった襖を 自分で張り替えることは無理なので 漂白して 屏風に張り込むつもりで描いてあった絵を貼り付けて誤魔化した。その時は良かったのだけれど こんどは 喰い裂いたところが糊で黄ばNewimage8_1んできた。 いまさら 描き直したり張り替えたりする気力もない。Tulip3_1

動けないで 家にじーっとしていると 碌なことをかんがえない。Tulip3_1
Tulip3_2日は 止んでくれるのかなー。  Tulip3_1Tulip3_1Tulip3_1Tulip3_1Tulip3_1Tulip3_1Tulip3_1Tulip3_1Tulip3_1Tulip3_1Tulip3_1Tulip3_1

   

 

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2006年10月23日 (月)

会えたらいいね・・(33)無駄な無駄

          S37_4                                        今日は 昨日雨に濡れたせいか 朝から調子が悪い。その上 電話で2時間も話ていたら 足は冷えるは 受話器を持つ手も 右 左と持ち代えてみても辛い。  じゃあ切れば・・と言うのは 男性であっておばさんの話はあちこち飛んで 本題が何であったか忘れて受話器を置いたとたん 思い出すなんてことは日常茶飯事。
今日も 10時ごろから電話があって 『寝て たァー?』 「起きてたわよゥ! この頃早いのよ! 7時半には起きるのよ!!」 『ごめんねー、何回もお電話いただいてー。北海道へ6泊7日で母と行ってたのー』 (私は お留守に3回以上もテレをいれている) いつも几帳面な○子さんから 返ってこないのは何かあったのかと心配していた。 『入院でもしたかと思ってたァ?』 「北海道 何処行ったの?」 『函館から△△いってねー』 その△△は 父上の出征の話に始まって 母上との経緯、 終わった頃には △△が どこかに行ってしまって こちらも 何の話だったか・・・。  「昨日 クラス会があってねー、一次Cat001_4会避けて二次会だけ出たけど □さん来てたわー、議員バッジみんなに 回してねー、 結構 重いのよねー。クラス会にもあんなの付けてくるもん? 政務??とか何とか言ってたー。 それでね 先生が“次期 野中?”とか言うのよ。そしたら 彼ったら 『俺はそんなに悪くねー』 とか言うの!」 
途中で気がついた。○子さんは 持ちつ持たれつの熱烈な 彼の支持者。 無駄ー! 
「ところでねー、お電話した訳はねー、」 やっと本題に入って またひとしきり。 最後に 「ねー、パソコンしてるゥ?」 『 してるけど アドレス身内しか知らせないの、返信が気になるからー』 
彼女が ブログを見ることはない。   今日は無駄な無駄だった。 

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2006年10月19日 (木)

会えたらいいね・・(32) PCサークル

S36_1今日は木曜日 

いつもならPCサークルへ行っているはずなのに こうしてブログを書いている。

モーツアルトを聴きながら

はじめから 苦痛だった。
お隣の先輩は 自分のことはさておいて 面倒見てくださった。

お世話になった以上 そこそこのことでは辞めないのが 私のモットー。
それなのに 我慢できなくて 辞めることにした。
Img_1276_2 
何てったって あの2時間の暗さが 耐えられない。
おしゃべりひとつ出来ない。
質問だって できない。

         
半年 じーっと我慢して 
私らしくなく 講師とは一言も口を利かずYumehamanauyo
目を合わせず   坐っていた。
もう限界ーッ!

退会させていただきます、 って 
会長さんに メールいれて
 ああ すっきりした
スキップしたい気持ち

でも 落ちこぼれた事は ちょっと後悔。もう少し我慢すれば・・・・。
   
                      
   (雑木林で 採ってきた萩。  いつのまにか 枯れて・・・)
                

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2006年10月16日 (月)

会えたらいいね・・(31) A子さん

S26_3 「ひさしぶりにした 腕時計の冷たさを 感じています。 もうそんな季節になっていたんですね。」     
そんな手紙が届いたのは A子さんが 3回目の癌の手術で退院してすぐ後でした。  「少し休養してからにしたら・・・? 」 と言ったのに 「気が紛れるから」 と満員電車の時間を避けて 府中から目黒の先まで いっそう細くなった小さな体で 出かけて行きましたよね。
職場の同期三人で出かけた京都旅行 あなたが高校生で 私たち二人が保護者なんて 僻みながら並んだ写真を見ています。  真如堂の宿坊に泊まって 朝 障子を開けた時の 真っ紅なもみじ、 感激しましたね。  歌舞練場で踊りを観て 二年坂で善哉いただいて あんなに真剣に悩んだ事も 今おもえば他愛無いこと。 けらけら笑って・・・・ 40年も昔の話。楽しかったー。
そして あなたはずーっと独身を楽しんで・・・。
3回目の手術の後も 結局 また癌で もう手術は出来なくて・・・。
あれから何年目の秋でしょう。 今日は ちょっと悲しいことがありました。  あなただったら なんて答えてくれるでしょう。  こんな時 会えたらいいなー、 って思います。

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2006年10月13日 (金)

会えたらいいね・・(30) 素敵な無駄

Img_1299 Img_1294  早朝の電話で 目が覚めた。 30分も話をしていたら もう一度 布団にもぐってみても 眠れない。 早く起きてもする事がない・・、というより しなくてはならないことは したくない。 雑木林の 木の実さがしも 3日も連くと 飾るところがなくなる。
最近 「絵」を描いてないので 何か描きたいのだけれど 描きたいものが代わって決まらない。 とりあえず パレットの掃除をしよう。 二つのパレットは きれいになった。 キャンバスを用意しておこう。 抽象を描こうと やたらマチエールを盛り上げたけれど まだ抽象を描く資格がないと気づいて放ってあるものを剥がしておこう。 リムーバーを使えば剥がれるというけれど 剥がした絵の具を マチエールの材料にしたいから 余計な薬品はいれたくない。 パレットナイフで 削ろう。 なかなか上手くいかない。 手が痛くて使えなくなってきたので 注意して使えば カッターでもいいと 思ったのが命取り。 向こう側が見えてしまった。 あーアぁ!
「絵になる風景」 を探しに行く前に 骨董屋さんに 「古裂」 を頼んであったので 見本の軸を持って行く。 刀の話はご主人・着物は奥様・西洋骨董はお嬢さん。 3時間もおしゃべりをして 秩父産の大胆なきのこがたっぷりはいったうどんと いつものご主人お手製のところてん 羊羹・フルーツまでご馳走になって 何にも買わずに 失礼してきた。
「今日も 無駄な一日を過ごしてしまった」 と 絵の先生にメールしたら 「こんな素晴らしい無駄、きっと忘れないでしょう。素敵な無駄は記憶に残ります。絵もきっとそんなものかも・・・と思ったりします。」 と返信。 だから素敵な絵がかけるんだー。 私もそのうち・・・。
(穴の空いたキャンバス・削った絵の具はそれだけで絵になっている。)

   

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2006年10月10日 (火)

会えたらいいね・・(29)ふたつの両親

S43_1 タレントの向井亜紀さん夫妻の代理出産問題について 品川区は最高裁へ許可抗告するための申し立てを東京高裁へするという。
ご夫妻の心情としては 解らないでもないけれど 私の中では そこまでして 自分の血を分けた子供がほしいのか理解できないでいる。自分の血がそんなに大切なものなのだろうか。
私には 両親の亡くなった後 遺品の中から もう二人の親がいる事と もうひとつの名前と誕生日があるという書類がでてきた。育つ過程で 疑問がいろいろあって ずいぶん悩みもしたけれど 事実を両親はひたかくしにしてきた。 事実がはっきりして あらためて生みの親を恨んだ。 まして自分が子を持ってみて どんな事情があるにせよ 他人に手放すなど 許す事は出来なかった。  私だったら 命に代えても人には 渡さないと。
そんな折 僧籍にある方に心の内を話した。 その時 返ってきた言葉はこんな内容だった。 「戦争を境にして (今のように女が働ける時代ではないのに) 女が一人で子供を育てられないとしたら 子供を欲しがっている人に託して可愛がってもらえるなら そうするだろう」 と。 
父は 「会い来ても良い」 と伝えたそうだが一度も来なかったという事 結核だった母に代わって ねんねこ半纏でいつも負ぶっては近所を歩いていた事など 後になって従妹から聞かされた。 物のない時代だったけれどそれなりに不自由なく 厳しかったけれど両親の愛情は 充分過ぎるほど感じて育った。 母が亡くなったあと ルーツを訪ね歩いたけれど 生死も分からなかった。 
跳び抜けて背の高い長男を見ていると 父親はこんなだったのかなー?と考えたり 見渡しても身内には誰もいない自分の持病に 母親はやっぱりこの病気で辛かったのだろうか・・?等と 思いを馳せる。 4人の親がいるという事は 今になると とっても有難いことに思えてくる。 二人のDNAと 二人の感性をいただいて 私は とっても幸せだと 毎日思っている。
子供を そんなに望むなら 親を亡くしたり虐待にあっている子供達を育てることは出来ないのだろうか?  自慢できるほどの物は 何もない私だから そんなふうに考えるのだろうか?  もうすぐ母の13回忌を迎えるけれど 生きているうちに母にこの気持ちを伝えたかった。
生んでくれてではなく もらって育ててくれて有難うと・・・。

 

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会えたらいいね・・(28)運動会

S56 「リレセンになったからどうしても来てほしい」 と 二年生の孫からの電話。 何かと思ったら 運動会のリレーの選手になったのだという。 母親とは違って 何でも人に譲って 自分はいつも後ろにまわる そんな子がどうしたことか 選手に立候補したのだという。 そのために毎朝 学校に出かけるまえに 母親と一緒に走っているらしい。 
母親は スポーツにかけては いつもトップクラスにいたけれど それも実力というよりは気力で 見ているほうがはらはらの連続で いつ倒れるのではと思うほどの頑張りようだった。 高校時代は 全校マラソンというのがあって 一年生の娘は 三年生にも負けたくないと トップで入ってきたのはいいけれど ゴールしたとたん 気絶して大騒ぎになった事がある。
どっちみち 予選落ちするだろうと思っていたのに 選手になったのだという。 「きっと 一発勝負だから 早い人が転んだか何かで 番が回ってきたのよ」 と娘と話していた。 
さて当日、 「バトンを落とさないように 転ばないように 靴が脱げないように」 「なんて慰さめようか」 と 「負」 の事ばかりが 頭の中を駆け巡っていた。 やがてバトンを受け取り 目の前を走って行く姿は いつもの孫ではなかった。 前の子を追い越す事は出来なかったけれど 母親そっくりの走り方で 大きく見えた。 こみ上げてくる涙を 台風余波の大風で巻き上がった校庭のほこりのおかげで うまくごまかせたけれど 孫の成長とは逆に こんなにも涙もろくなった自分の老いを 改めて感じた一日だった。  

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2006年10月 7日 (土)

会えたらいいね・・(27) 夏のおわり

Photo_5 Img_1271_4 Img_1262                      Photo_6                   
昨夜来の大雨が上がって カーテンの隙間から秋の陽が ながーく射し込んでくる。 庭の様子はどうだろうかと 下駄をつっかけて出てみると 案の定 植木鉢は倒れ 枝はおれている。 とりあえず・・、と直していたら おんぶバッタが花の中にいる。 この間はピンボケで失敗だったので シメターッ!と 急ぎデジカメを持ち出して 納めた。 久しぶりの青空に 赤とんぼや蝶や蜂 名前のしらない虫があちこちから出てくる。 
こうなったら・・、とまずは身支度。 部屋に引き戻って 長靴をはき 首にはタオル 作務衣を着て頭には帽子 といきたいところだけれど 合うものがない。 夏に高級な日焼け止めを買ったけれど つけて見たら気持ちが悪いので止めにした。 だからいつも ♪てーのひらに太陽を♪ ではなくて ♪からだじゅうに太陽を♪ になってしまう。
居た居た! カマキリがいた。 夏の間 ずーっと探していたのに どこにも見当たらなくて   今年は嫌われてしまったのだと 心配していたけれど これで 夏とのお別れも安心してできた。
汗のかきついでにと また雑木林へ行ってみたのに 収穫はカラスウリとマユミだけで やっぱり 先を越されてしまったのかも・・と ひきずって帰ってきた。
陽が落ち始めて まんまるい白いおおきなお月さまが出ていた。 そういえば たしか昨日は十五夜・・・?  (母への手紙はしまったまま・・・。)  

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2006年10月 5日 (木)

会えたらいいね・・(26) シャンプー

S20_3 わがImg_1058_1家には 15年になる老猫がいる。名前はシャンプー。  飼い主が一年でお手上げになってしまい 連れてこられてそのまま居候をきめこんでいる。 当時大小2匹の犬が同居していたし どちらかというと 猫は嫌いだったので 仕方なく世話をしていたにすぎない。 いじけて部屋の隅に閉じこもり 手をだすと 強烈な“猫パンチ”にみまわれ あちこち傷だらけになることもしばしば。   何年か前に 相次いで2匹の犬が 仏さま (犬畜生は成仏できないそうだが) になってからは 老猫の天下になっている。  最近は寄る年波には勝てず 居心地の良い処をみつけては 長々と横になって すーすーと いびきをかいて寝ている。 お腹の空いた時だけ 可愛くすりよってくる。 このところ勘違いかボケか判らないけれど とんでもないところでの 大小の粗相の後始末に あたふたとしている私に 申し訳ないと思っているのかどうか 両足をきちんと揃えて ブルーのまあるい目で じーっと見ている。
犬派だった私も いつの間にか猫派になって シャンプー亡きあとは また猫にしようと思ったりもしている。  「何れわが身」 と思うせいか 妙に可愛くて 今日も文句を言い々 廊下に溜まった水溜りを 猫に見つめられながら 拭いている。 

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2006年10月 2日 (月)

会えたらいいね・・(25) 父のこと

S48_2 母の事ばかり書いているので 父は 「俺は 何処へ行ってしまったんだ」 と思っているかもしれない。
私がいなくなった後 もしこのブログが わが家の記録の一部として子供達に残るとしたら 少しは父のことにもふれておこう・・・と。 
叔母達の話によると 「長ちゃん(父)は 寸足らずで徴兵検査で落とされたので 戦争に行かなかった」 と背の低い父をからかっていましたが そうではなくて 精密機械の試作という仕事だったからのようでした。 父は 読書が好きで いつも山本周五郎を読み 青春時代には 文芸誌に “夕陽” という号で 短編小説や短歌・俳句など投稿していたようで 遺品の中からかなり面白いものがでてきました。 無口な人であまり話しをする事もありませんでしたが もう少し生きていてくれたら 藤沢周平の話でもできたのに・・・、と残念です。 追々 子供達にも見てほしいと思っています。また 器用で みかんやリンゴ箱を壊しては 蝿帳や仏壇まで作ってしまう人でした。 父が亡くなって 初めて新しいものにしましたが 処分をお願いするのも 忍びないものがありました。 
病院からの父の亡くなった知らせに 職場から駆けつけた時 薄暗い霊安室に寝かされた父の横で 小さな体の中学一年の息子が こわがる様子もなく 父の頭をなでながら お線香を絶やさないよう護っていてくれました。 転勤先の仙台で生まれ 祖父母とは 一緒に生活したこともなく過ごしてきた子なのに あの時の姿が 昨日の事のように鮮明に思い出されます。 今でも あの子が帰ったあとは お線香の良い香りが漂っています。 

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