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2006年9月29日 (金)

会えたらいいね・・(24)ヒダカミセバヤ

S47_3 ヒダカミセバヤImg_1248_3

この花の名前は 花の辞典を調べても載っていないので 正式な名前ではないかもしれない。  去年 花屋さんで 売れ残りの中にこれを見つけ 名前が気に入って どんな花が咲くのだろうと買ってみた。冬の間も外に置きっぱなしで 水遣りも忘れてしまっていた。 気がついた時は 去年よりひとまわり大きくなって 重たいほどの蕾をつけていた。  気に入った花に 少々高いお金を払って その上 肥料やおき場所にも気を使い大事にしているのに あっという間に消えてなくなったりすることがよくあるので 最近は 賞味期限切れの花を 育てることに楽しみを感じている。  立派な花を咲かせてくれた時は ほんとうに感激する。 性分にあっているのかもしれない。   

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2006年9月28日 (木)

会えたらいいね・・(23) 小さな秋

S18_1 小さな GET

夕べからの雨が午後になってあがったので 近くの雑木林に秋の下見に行った。 下見というのもおかしな話だけれど 一昨年はタッチの差で商売にしているおじさんに採られてしまった。 去年は秘密の場所をみつけておいたので ツルウメモドキ・サルトリイバラ・ガマズミ・マユミ などGETできた。 壺に活けたり リースにして 友人に配ったりして Img_1246
秋をいつまでも楽しんだ。 さあて 今年は・・・? まだまだ早すぎて 影も形も見つからない。 ・・・と思ったら カラスウリが いつもの場所にいくつもぶら下がっている。 ラッキー! ぶらぶらぶらさげて 帰ってきた。 雑木林を歩く人は それぞれが自分の雑木林だと決めているから おかしい。   

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2006年9月27日 (水)

会えたらいいね・・(22) 五目寿司

S46_3 五目寿司

いつも添付している画像は 10年ほど前に 一枚の半紙に母への思いを描き綴ったもので 読み返す事もなく仕舞いこんだままでした。こうして 人の目に触れることを前提に描いたものではなかったので 公開してしまった事に いまさら後悔に似た気持ちが行ったり来たりしています。
でも 走りだしたこと、これも自分、 このまま行ってしまえ~~~、っと。

自慢の五目寿司を 母は なにかある毎に作ります。 まず 朝 魚屋さんに あさりをむき身にしてくれるよう頼みにいきます。 その他の具は 人参・椎茸・蒟蒻・高野豆腐・絹さや・・。  具の中にご飯がある感じで 味付けは濃い目。 ご飯の上には 海苔をちらし 鮪・たこ・いか・えび・かまぼこ・卵焼きがのります。そして 「味見はしてないからね・・・」 が口癖。 (心の中では ふつう人に出す前には 味見するもんだよねー?) 美味しいおいしいと (確かにおいしいのだけれど) みんなが食べるので 母はますます自慢する。 大きな飯台で作るから 帰りには お重に 「お持ち帰り」 がしっかり用意されて わが家は翌日も 五目寿司。  そんな母の味が 懐かしくなる。 12年前の9月26日は 母が救急車で運ばれた日。 今日のように 雨の日でした。

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2006年9月25日 (月)

会えたらいいね・・(21) K先生

S39 絵の展覧会のオープニングパーティーに お誘いをいただいて おそるおそる出かけました。 何事も不安が先に立つので 会場は何回も行って周知の場所なのですが 早めに家を出て余裕綽々で出かけたのですが どこまでいっても みつかりません。隣の駅まで行ってしまい目印の本屋さんの名前を聞いても分からないし・・・、(本屋さんは 間違って覚えていました) やっとたどりついたのに 知る人もなく ただうろうろ。 ゆとりを持ちすぎて それでも早すぎたのです。 「あーァ、やっぱりお誘いに乗るんじゃなかった~~」 単独行動になれている私の筈なのに 顔はにこにこ 内心どきどき。  そのうち素敵な(?)やさしそうなおじさまもうろうろ。 でも 私の先生とは かなりお知り合いのご様子。 あとになって かの有名(?)な K先生と判明。  それからお料理とお酒を 遠慮がちにどんどん頂いて K先生とも 歓談させて頂いて 私の厚かましさフル回転。 それにしても お聞きしていた方とは まったく違って お逢いできて良かったー。 K先生の絵も 違った眼で拝見できそう。 何でも自分の目でみなくては・・、反省!

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2006年9月22日 (金)

会えたらいいね・・(20) おばあちゃんのこと

S19_7  二軒先のおばあちゃんは 95歳。 このところ入退院を繰り返しているようです。 救急車の音が聞こえると 夜中でもそーっと窓を開けてみます。 通り過ぎて行くと ほっとします。 この辺はご近所付き合いも挨拶を交わす程度ですが なぜかおばあちゃんだけは 私の中で特別な人なのです。 私が花と遊んでいると 「おくさん 花が咲き終わったら すぐに摘んでやらないと 良い花が咲かないよ。」 と手伝ってくれます。 「此処に来る前はね、 花屋をやっててね、冬でもよく働いたもんだよ。だから手なんか こんなになっちゃってねー。子供を育てるためにねえ」    立ち話もなんだから・・・、と道路に椅子をもちだして。   「はやく死にたいと思ってるんだけどねえ。いつまでも生きてちゃあ お母さん(娘さん)に悪いからねえ」 と口癖のように言います。 娘さんは 「ばあちゃん “いつも死にたい” って言うから “じゃあ死ねば?” って言うの」 と笑って言います。 この夏は 花に水遣りをしていても おばあちゃんの姿は みかけません。 どうしているかな・・? と思いながらも わざわざ訪ねるほどでもないのです。     親が亡くなってみて 初めてわかるのですが “そこに 居てくれるだけでいい” のです。 ( なんだか歌の文句みたいになってしまった~~。)

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2006年9月19日 (火)

会えたらいいね・・・(19)夕顔

S35 いつから 蝉の声を聞かなくなったのだろう。 暑い日中 騒々しいほどに啼いていたのに ふと気がつくと虫の音に変わっている。 私が落ち着かない毎日を過ごしていたのだろうか、それとも 微妙な季節の移り変わりに心をやる気持ちが 消えてしまったのか判らないけれど・・。庭の花も ことしは雨が多く みんな根腐れしてしまって 朝顔も咲き始めたかと思っていたら 溶けてなくなってしまった。 母が居た頃は 朝顔が終わる秋口には夕顔が咲き始めて 出かけて帰ると 門扉に絡みついた花が いい香りで 迎えてくれた。  そして花が終ると奥歯のような種ができる。その種の出来具合で 翌年使えるかどうか判断するのも楽しみのひとつだった。 そういえば 母は私と喧嘩すると 庭に出ていつまでもしゃがみこんで じーっとうつむいて草をむしっていた。 母の首の後は陽に焼けて赤銅色で そこだけどうしてそんな色をしているのか不思議で よく母と笑ったものだった。 実家の庭は狭くて 陽当たりもよくなかったけれど 紫陽花は立派な花をつけて 自慢のひとつだった。  その家も去年取り壊して 母のように思い出だけになってしまった。 あえたらいいなー。

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2006年9月16日 (土)

会えたらいいね・・(18)ゆめ風基金

S_7 ゆめ風で会いましょう

去年10年を迎えて 代表が永六輔さんから 小室等さんに代わって2回目の開催。 永さんの前座からはじまって 「歌う力 笑う力 生きぬく力」 を 歌 (ピーコさんのシャンソン・まるで六文銭のゆめ風応援歌・季政美さんのアリラン他) トーク (筑紫哲也さん・朴慶南) で 笑いあり涙ありのひとときでした。 永さんの 木遣りを背中に 本・CD売り場に自然に送られて 帰ってきました。 ゆめ風の応援歌 とっても素敵な歌です。

   「夢と風」              作詞・・永 六輔+谷川俊太郎
                      作曲・・小室 等
   どこから吹いてくるのだろう       誰のこころに住むのだろう
   やさしい風 むごい風          楽しい夢 つらい夢
   どこへ吹いてゆくのだろう        どんな未来見るのだろう
   風は怒り 風はほほえむ         夢は実り 夢ははじける
   傷ついた大地の上に           よみがえる大地の上に
   風が夢を運んでくる            夢が風を巻き起こす
   夢に 風に 心よせて           夢に風に心ひらき
   また来る日のために           また来る日のために
        くりかえし                  くりかえし 

   もう一曲 あるのですが このつぎに・・・・・・・。 
   

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2006年9月12日 (火)

会えたらいいね・・・(17)父の命日

S34_1 たしか 一休禅師の言葉だったと思うけれど・・。
「今死んだ どこにもゆかず ここにおる たずねはするなよ ものは言わぬぞ」 だったかな・・・?
今日は 父の命日。 父が逝ってから10年の間 母はひとりで暮らしていました。 あんなに 落ち込んでいたのに いつのまにか 仏壇に向かって 「まだ 迎えに来ないでね。私は まだS42まだしたいことがあるんだから」 なんですから 女は強いです。  でも きっと父は 先の言葉のように どこにも行かず 母と一緒にいたのかもしれません。 大好きだったお酒とまぐろのにぎりを供えて 久しぶりに 父の事を思い出しています。          

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会えたらいいね・・・(16)絵手紙

S23_2 新宿で友人と分かれて 帰り道 立ち寄っ古本店で見つけたPASCINの画集。 だいぶ前にあちこち探し回った時はなかったのに それが思いがけず しかも安い値段で 二重の喜びだった。 いまでこそ 「絵」の話に少々加わることが出来るけれど 何年か前は 自分が絵を描くなんてかんがえても見なかった。 親友が 癌で入退院を繰り返し 病床でも 大きな字なら 寝たままで読めるだろうと始めた 「絵手紙」 。そのころは今のようにブームではなかったし 「へたでよい」に誘われて始めたけれど あまりにも 「へた」 を強調することに 反発を感じてやめた。それで自己流に転じて こんな母への手紙を描いていたのだけれど。 今 曲がりなりにも「絵」を描くようになったのも そんなところにきっかけがあった。 ほんとうに無駄になるものは何にもないと つくづく思う。 彼女が亡くなるまで  病院宛に送った 「巻紙の手紙」 は引き出しいっぱいになり 大切にしまってくれていたと言う。 その世界がいやで やめてしまったけれど その時がなかったら 今はないし 「絵」を描いていると ふと そんなことを思い出す。      

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2006年9月 9日 (土)

会えたらいいね・・・(15) 渡辺俊明さん

Img_1149 Img_1142_2 郵便受けに見覚えのある封書がのぞいていた。 やっぱり蓮笑庵からで 手にとって見ると 「追悼展」 とある。 お体を悪くされたとはお聞きしていたけれど 復帰なさったものとばかり思っていたのに・・。何年か前に 訪ねた時は 「蓮笑庵のお祭りですから」 と奥様手作りのご馳走を みなさんに振舞ってくださり 庵を散策したり作品を拝見して楽しませていただいた。 その頃 親友が4回目の癌の転移で入院中だったので 本をプレゼントしたいとサインをお願いした時に 「椿の花が好きで・・・」 といったら 大きな椿をサインに添えてくださった。 たくさんの人が並んで待っていたのに 申し訳なかったことを思い出す。 今日届いた案内には 「俊めいがたり」 のようにこんな事が書いてある。 「充分に僕なりに充実して生きてきましたから、 悲しんだり泣いたりしないでください。微笑顔をください。 よくやったねとひとこと言ってくださればどんなに僕はうれしいか・・・。では、又皆さんとお逢いできる日を楽しみにしています。」  「人が生まれ生まれてきたように、死も又特別なものではありません。僕の死は日常のものであります。」 享年68才  

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2006年9月 7日 (木)

会えたらいいね・・・(14)母のこと

月日がS22_1過ぎ 母が元気になっていく姿をみていると 元気になって良かった・・、そう思っていました。 仕事の合間に 立ち寄ると 「もう 帰るのかい? たまには泊まっていけばいいのに」 母は ぽつんとつぶやくのです。「そんな暇はないの!」 いつもそう答えて帰ってきました。 そういえば 父が亡くなってから私の家に泊まることはあっても  私が母の処に泊まることは             一度もありませんでした。 淋しくて眠れない日々もあったにちがいありません。布団を並べて 父の思い出話でもしたかったのでしょう。「人の心を思いやる心」 が私の中からすっぽり抜けていました。

                              

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2006年9月 6日 (水)

会えたらいいね・・(13) 尋常浅間学校

S24_2   尋常浅間学校 95時間目の授業

毎年この時期には 小室等さんの授業があるのですが 松本は斉藤記念と諏訪湖の花火でホテルがいっぱいでいつも諦めていました。 今年は思いがけず宿がとれ 急遽出かけることになったのです。お寺のホールには大勢の老若(?)男女が集い まずは小室さんのギターと歌からはじまりました。「死んだ男の残したものは」 (谷川俊太郎作詞・武満徹作曲) はしみじみと聞かせていただき その後 同曲を坂田明さんが サックスとお腹の底からしぼりあげるような声で歌というか語りで歌われたのですが 近くにいらしたご婦人は終始ハンカチを目にしてこみ上げてくる嗚咽を必死におさえていらっしゃいました。きっとお身内を戦争でなくされていらっしゃるのでしょう。  信州は 私も一時期母から離れて淋しさをがまんして暮らした処です。  丸木位里・俊さんの描く襖絵に囲まれたご本堂で手をあわせ 戦争は絶対にあってはならないという思いを強く胸に抱いて 暗い夜道を街灯の灯りを頼りに宿へ戻りました。  

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