2009年7月 7日 (火)

会えたらいいね・・(335) 探検隊が行く

ARU町を探検しようということになり 隊を組んだ。

隊長   アジア系美人 隊の中ではずば抜けて若く 頭脳明晰 行動力抜群。
      時速10キロで歩く。
G隊員  ヒマラヤトレッキングを頑張り中で6000Mアップを目指している。           
      こちらも ネパールではガイドと間違えられたというほどネパール系風貌。   
      アルミ缶を利用しての軽量のバーナーは特許級。(下写真)
      ルアーつくりは 全く見分けがつかないほどの腕前で魚から苦情が来ている。
H隊員  現在 持病と戦いつつ参加。
      モンゴル系で 目は開いてるのか閉じているのか存在がないのが特徴。
      特技は食べること。しいて言えば少々絵が描ける程度で お荷物的存在。Dmrte7j9ka52100g842h84ipc631000

ARU町駅で集合。
途中まで行くバスに乗り 下車後早くも一休み。遠くに見える目的地を眼下に 歩き始めた。

電車もT駅を過ぎるあたりから木々が増え 東京といえどもわが家近辺より田舎だと思っていたが さすが東京を過ぎるとARU町は空気も違ってきている。

曲がりくねった道路は ロードレースの練習か若者がスピードを上げて走り回るのでおちおち歩いていられない。
立ち葵が咲き 赤つめ草や葛の蔦がからまって いかにも田舎の風景を呈している。
コンフリーの葉を天ぷら用にとり 隊長が風子の好きな立ち葵を持ち帰りように扱いで
川原に下りビニール袋に水をいれてくれた。
この辺りで水浴びが出来そうだが おばさんでは驚異の目で見られるのが関の山だ。
3~40分歩いて 目的地に着く。

話には聞いていたが さすがに草ぼうぼうの畑で 何処に作物があるのか見分けがつかない。
この辺一体は都会から来て畑を作っている方が多く 其々の目的に合わせて使っているようだ。
染料になるアカネを育て 棉の木をうえそれで布を織るのという方やハーブガーデンにしている方もいる。Dscn2549 Dscn2551 Dscn2553 Dscn2555 Dscn2556

風子が染色家と長話をしている間に 隊長は他所の畑の作物を使わせていただいて 手早く昼食の準備。
呼ばれてテーブルに着くと 用意したテーブルナフキン(雑誌を切り取ったもの)にパンと「ラタトゥイユ」、もぎ立てのトマト、珈琲がセットされている。
さすがだ、 テーブルウェァまで考えて。Dscn2548


 
 帰り道に寄るカフェ探訪もあるので 早めに引き上げ目的に向かうことにした。
土蔵も川越辺りの蔵とは違っている。
途中炭焼きをしている女性に挨拶をすると にっこり笑顔が返ってきた。 この地は行き交う人は少ないが みんな挨拶をして行過ぎる。

バスに乗りARU町駅の手前で降り10分ほど歩くと 「こんなところにこんな素敵なお店が・・」と。
目の前が畑で そこで採れたお野菜を使っている。
ワインも濃縮なフルーツの新鮮な香りが漂う。
「チキンカレー」 をいただいたが美味。けれどチキンは・・・どこ? 

爽やかな風に吹かれて 隊長はハンモックに揺られているが 老隊員二人は足の疲れをやすめて眺めているだけ。

ここでは 小室等さんや坂田明、黒田京子さんのライブもあったようで 次回公演をお願いして帰ってきた。
その時は 宿をとっても来たいと思っている。

それにしても 東京からさほど遠くない場所に こんな憩いの場所があるなどと思ってもみなかった。

頑張って歩いたのでH隊員は今日は遅い疲れが回ってきて休養日としているが 現役の隊長は お仕事に出ている筈。

次回は何処を探検するのか楽しみにしているが 隊長は老隊員二人を従え 初回で疲れてしまってしばらくはないかもしれない。

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2009年6月29日 (月)

会えたらいいね・・(334)  美術館三昧

友人の研修会について箱根小湧園へ行くことになり その代わり翌日は美術館に付き合ってもらうことにした。

風子には関係ない研修だが まあ聞いておいても邪魔にはならないので参加したが 夕食を済ませたら疲れがどっと出て 温泉もそこそこに 庭へ蛍を見に出た。
大分前に 鈴木真砂女の俳句にあこがれて蛍を訪ねて歩いたが なかなか思うような場面には出会えなかった。
もしかして・・、と思ったが やはり数が少なくて鈴木真砂女の世界を味わうことは無理だった。

朝4時半におき庭へ出て 夜明けと共に木々の目覚めを感じ 鳥のさえずりに耳を傾けて 高原の一日が始まった。

成川美術館には 風子の好きな 「宮廻正秋」の立葵を描いた「夏さぶ」ほか何点かある筈で もしかしたら常設されているかも・・?と期待したが 他の画家の個展をしていて一点もなかった。
ロビーから眺める芦ノ湖に 海賊船がゆっくりこちらへ向かって走るのも 広いガラス窓が額縁になって 一枚の絵になっている。Dscn2522
そこからバスで三島へ出て 乗り継いでビュフェ美術館へ。Dscn2530 

知人からビュフェ美術館があるということを聞いていたが 「横浜そごう美術館」で 7月末か展があるので行くこともないのだけれど 美術館を見てみたいので足を延ばした。Img208
なん点かは見たこともあるが 110点にも及ぶ絵や版画を見たことは初めてで  抑鬱された心を黒い線で囲で表現されているのだろう。
今回は 1999年に自ら命を絶ってから10周年ということで 「ビュフェとアナベルー愛の奇跡展」 として開催されている。

20代でパリの画壇でスタートしているが 鋭い黒い線とグレイがかった色彩は 心の中が見えるようで 魅了されたが 特に30代前半までの絵が 風子は好きだ。
疲れきって椅子に腰を下ろしImg209_2 また広い窓から外を眺める。Dscn2524
こんなに贅沢な空間があって好いのかと思うような 落ち着いたスペースだ。Dscn2528

三島まで帰るバスの時間に間があったので 吊り橋を渡ってクレマチスの丘まで歩いてみた。

あいにく 花は終っていたが次にくることがあれば クレマチスの咲くいころにしよう・・、と友人と話した。

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2009年6月28日 (日)

会えたらいいね・・(333) クリンソウとワタスゲを見に ②

一面にワタスゲが広がった草原を見たい・・・、

そう思って 去年栂池へ行ったが 時季を逃してしまい白い綿毛は微かにあっただけで
がっかりしたので 今年こそ・・と 日光の観光協会に問い合わせ 日にちを会わせて出かけた。
宿の「国民休暇村」 は何年か前にも拠点として小田代が原の 「貴婦人」 という白樺を見に行ったけれど 前評判と違って 遠くに見えるだけでがっかりした記憶がある。Dscn2483_2 

昨日の千手が原は6千歩くらいだったが 戦場ヶ原はかなり歩くことになりそうだったので
熱もまだあり 早めに床についた。
同行の友人は 山岳連盟に入って山歩きは慣れているので さっさと睡眠導入薬をのんで寝てしまい 風子は熱がまだ残っているようで 寝ようと焦るほど眠れない。

睡眠不足ですっきりしない体調のまま 再び赤沼までバスで行き 戦場ヶ原へ入った。
芽吹き始めたカラマツのやわらかな色と 木々や草の呼吸を感じながら歩いているうちに 昨夜の睡眠不足の脳が少しづつ動き始め 体の火照りも無くなっていた。Dscn2484

ワタスゲは 時季が少し遅かったのに加えて夜来からの雨で綿毛が濡れ 遠目には白さがはっきりしない。
またしても失敗で やはり自然を相手にするには出会える時を「待つ」 と言うことなのだ。Dscn2486

 

Dscn2487

危ぶまれた空模様も 今日も天が味方してくれて空は霧が晴れ戦場ヶ原を囲む山々の稜線が次第に見え始めてきた。
宿でお願いしてあったおにぎりをベンチに腰をおろし頬張るころは 熱もすっかり下がっていた。 鳥が飛び交うたび 木の葉が揺れ 葉に溜まった雨がさあーっと落ちてくる。
一瞬の雨・・・・。

白樺が多い処だけれど やはり此処へ来たら 「貴婦人」 を見ようと小田代が原へ迂回したが 遠くに見えただけで 後の樹が大きくなって 美しい姿は目立たなくなっている。
貴婦人も 周囲の樹には逆らえないが こんなに有名になる前からその立ち姿は美しくカメラマンが取り続けて文芸春秋画廊で個展を開いたというのも頷ける。

落雷が多いとかで 裂けた巨木や倒れた大木がオブジェのように 芸術している。Dscn2489 Dscn2501

赤沼から東武日光までバスに乗り 金谷ホテルで庭を眺めながら ケーキセット1575円也を「高いね」 と言いながらポットサービスの珈琲をゆっくりいただいた。

通路の柱に 蛙が張りついたまま動かない。
飾りだろうと聞いてみたら 従業員の方も「あらー」と 笑っていらした。Dscn2505
急いで帰る必要もないので ローカルで帰ることにして 下今市⇒春日部⇒新越谷⇒越谷⇒新秋津⇒秋津⇒所沢⇒わが家駅⇒遊んだ分タクシー代をけちって痛い足をひきずってわが家へ無事帰り着いた。

本日の歩行数 18000歩。 系 24000歩
足首の補助具をつけてまで 何故歩きたいのか・・・・?

山がそこにあるから・・、と登山家はいうけれど
そこに自然があるから・・・、と言うしかないのだろう。

来年も 来られるのだろうか・・? いつもそう思ってしまう。

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2009年6月25日 (木)

会えたらいいね・・(332) クリンソウとワタスゲを見に ①

天気予報は 全国的に雨、 その上二日前から歯が腫れて変形お多福状態。

歯医者では 次に痛みが来たら「抜くしかないですね」 といわれていたので
覚悟はしていたが 旅の前なので とりあえず抗生物質5日分いただいて帰ってきた。
どうも体が熱いので計ってみると7度五分、頭も首も痛い。
明日に期待して早めに床に就いたが やはり熱は下がっていない。

いまさら キャンセルも友人に悪いし 出かけることに。

新宿発スペーシァ3号 10:35 下今市12:17着
                        12:19発  東武日光12:27着
東武日光発 12:41発   赤沼 13:06 着 
 (湯元行き)

赤沼車庫 から 低公害バスに乗り換えて 千手が浜まで。赤沼からのバスも低公害バスも貸切状態で この千手が浜も人気は見えない。Dscn2464

来る前に観光協会に問い合わせたら 
「低公害バスは観光客が多く 乗り切れないことがありますからご注意ください」 といわれたことは 何だったのだろう。

下車して 5分ほどで 千手が浜に着いた。
危ぶまれた空模様も 木々の間から見える僅かな空が 重い梅雨空から 青い空と真っ白な雲に変わっていく。

クリンソウは ネットで囲まれていたが 自生でこんなに可愛く色も鮮やかに咲いているのは初めて見た。Dscn2457
5~.6分右手の方へ歩くと 沢山咲いているというので 
帰りのバス時間を気にしながら行くことにした。

橋を越えると 有るなんてものではない。

川に面して 群生している。
ぐるりとネットで囲まれているので 盗まれないためかと思ったら
「ネットをくぐって入ってください」 と看板がある。
人ではなく 鹿が荒らすので その予防ネットだそうだ。Dscn2476
水面に映った赤やピンクが揺れ
 木漏れ日が輝いて反射し 夢の世界に居るようだ。Dscn2471 Dscn2456
高鳴る胸を押さえて シャッターを切った。

あれー?
帰ってみたら みんなピンボケだ。

興奮して慌てて 動悸が手を震えさせたのかもしれない。

惜しいことをしてしまった。

次のバスに乗り遅れたら もう帰るバスはないので 急いでバス停に戻った。

夕べから歯の腫れから熱があったが バスに乗ったら急に体が熱く顔が腫れて 口も開けない状態になってしまっていた。

明日の戦場ヶ原行きは 歩けるだろうか・・、と不安になってきた。
今日は 6千歩で済んだが 明日は小田代が原も回ると 2万歩では効かないだろうと友人と話した。

宿に着いたら 早く薬を飲んで寝なくては・・・、と思いながら 赤沼から 湯元行きバスを待った。

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2009年6月21日 (日)

会えたらいいね・・(331) 帰って来たかぐや姫 ①

友人が主催する 「布芝居」 のお知らせをいただいていたが 前日の病院ツアーで疲れが溜まり 早く床に就いたのが災いして眠れなくなり朝に至ってしまった。

断ろうと思ったが 約束は約束で観客は一人でも多いほうが好いので栄養剤を多目にのんで出かけた。

すでに始まっていて 大きなパネルに パッチワークのように絵が縫い付けられて 場面に応じて 小道具をつけたり外したり 人物が登場したりする。

テーマはいつも 昔話のその後 ということで シナリオは友人が書きその都度推考されていくらしい。
Dscn2445 今回は 月に帰ったかぐや姫が再び地球に帰ったら 地球は汚れていて元気がない。
そのためにはどうしようかと考えた・・・。
毛糸で作った 「やる気玉」「元気玉」 を観客が地球に向かって投げて その結果 元気になって 再びニコニコボールを貼り付ける・・・、ということになった。Dscn2447

内容は単純で誰もが考えそうなことなのだが 演じるスタッフたちが仕事を持ちながら 遠くから集まって作ったり練習したりで 全てボランティアの力に拠っている。

見る方は 子供やお年寄り、ホームなどへも出かけていくそうだ。

何故布芝居なのか・・・?と聞いてみたら

読み聞かせをしよう⇒ちょっと物足りない⇒紙芝居に?⇒遠くからは見えない
⇒大きくしよう⇒持ち歩くと紙だから皺になる⇒それでは布にしましょう⇒布に絵では厚みがない⇒布を縫い付けましょう⇒人物も入りましょう⇒台詞を覚える時間がない
⇒語り手がいれば好い

という試行錯誤の結果 布の芝居になったという。

彼女の発想の面白さとバイタリティーには またまた脱帽してしまったが 大きな荷物を背負って車なしのボランティアのみなさんにも 拍手を送りたい。

(写真は 眠くてみんなピンボケでした)

その後「帰って来たかぐや姫」という本で 「愛・地球博アースデイ万博出版大賞」を受賞した 「佐藤とみ子」さんのお話があったが 次の機会に・・。

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2009年6月13日 (土)

会えたらいいね・・(330) 久しぶりの鎌倉

先日 「鎌倉へ行きませんか・・?」 というお誘いをいただいた。

風子も小田急線の玉川学園に住んでいた頃は 子供を送り出した後 藤沢から江ノ電でよく行ったものだった。
その後も 立原正秋の小説を読んでは 舞台になっている場所を探して歩いたけれど
もう 久しくぶらりと行くことはなくなっていた。

今回は 私より一回りもお若い元お嬢さんからで 鎌倉は精通している方。
以前からお誘いいただいていたが なかなか日にちが折り合わず
渡りに舟 で飛びついた。

北鎌倉で待ち合わせたが ホームは歩けないほどの混みようで 相変わらずの鎌倉人気には驚いたが そういう風子もその賑わいの一人なのだ。

まずは「口悦」でお食事。
季節のお膳を頂き 細やかな心配りのお料理に感激しながら戴く。
記念に・・・、と写真を撮り始めたが 戴くことに気が散るので 八寸だけで止めにした。Dscn2371
ご主人は池上本門寺にいらした方で 知っている方のお話もでてお料理をサービスしてくださった。

明月院の紫陽花はあまり好みではないので 浄智寺へ。
小倉遊亀さんのお墓へ行って見ると 日当りのよい広々とした墓前にはお花もなかったが それもまた良し・・、と。Dscn2372

さらに上がってみると 塔婆立てに??
なぜか箒とちりとりが・・・、お隣にもだ・・。

こういう慣わしなのかもしれないと おかしくなってしまった。Dscn2374

イワタバコが日陰の岩の間から大きな葉とともに紫の小花を、 紫陽花は可憐に珍しい色合いの小さな花を咲かせている。

紫陽花はこういう咲き方が似合っている。

ここは あの駅の人たちは何処へ散ってしまったのか・・、と思わせるほど人影も疎らで ゆっくりと心が落ち着く。Dscn2375 Dscn2376 Dscn2377
 

それからが メタボの元を作ってしまった。

豆かんが好き と言ったら案内してくださって それからブラジル料理のお店へ・・・。
初めてなので珍しく あれもこれも味見したくて欲張って その上お隣の方のワッフルが美味しそうで・・、それも追加。

お寿司の美味しいお店に・・・、と言ってくださったけれど さすがの風子さんも満腹で きっと美味しいものも美味しくいただけないので 割愛。

途中で 鏑木清方記念美術館と近代美術館で「建築家坂倉準三展」 を見たことも忘れてはいけない。

そして 帰りがけにブーケをプレゼントして下さった。

若い方・・・、といっても??のパワーとやさしいお心遣いに 思いがけなく楽しい鎌倉の小さな旅を楽しませていただいた。

帰りの電車は 心地よい疲れで 居眠り居眠り・・・、で帰って来た。

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2009年6月 6日 (土)

会えたらいいね・・(329) 嬉しい宅急便

一昨日 知人から 「じゃがいものためし掘りをするので良かったら送ります」 というメールを頂いた。

一度お会いした事はあるけれどお名前も知らず ニックネームでお呼びしていた方で
野菜や花の作り方をアドバイスいただいたりしていたけれど お野菜を送ってたいただけるようなお付き合いではないので躊躇したが お言葉に甘えて送っていただくことにした。

住所を連絡すると 早速翌朝には 「今朝送りましたから夕方には届きます」 とメールを頂いた。その日は朝から家を留守にしていて 帰ってみたら大きなダンボールが玄関に届いていた。

開けてみると じゃがいもだけではなくブロッコリーや大根、さつまいもまで入っている。
そう言えば 「去年のさつまいもなので傷んでいるかもしれません」 とは言ってらしたが
なんのなんの立派なものだった。Dscn2366

中から ニンニクがひとつ出てきた。
これも採れたのかしら・・?と思ったが 
先日 プランターで作っている小松菜の虫についてお聞きした時 
「ニンニクが虫除けになるみたいですよー」 と教えていただいたが それで入れてくださったのだ。
重ね重ねのお心遣いに また嬉しくなってしまった。

さっそく ブロッコリーは食卓にのり 大根は傷まないうちに一本は切干大根にと千切りにして 明日干すばかりにした。
新じゃがは まず丸ごとチンして熱々をバターで・・・。
ねっとりとして いかにも新の味をいただいた。

野菜は スーパーで買えば綺麗なものを買うことが出来るが 知人が種を蒔き植え 丹精込めて育てたと思うと 形が悪くても虫がついていても (虫がついてるかも・・、と追加のメールを頂いていた) それさえも嬉しいのだ。

畑から取り入れたものを 土を払いネットに入れたり包んだりしてダンボールに詰め 宅急便に持ち込む手間隙 その好意に対して感謝の気持ちで 胸が熱くなる。
手が痛いといって手抜きばかりの毎日なのだが こういう時は忘れて作業しているのだから勝手なものだと思う。

家族そろって じゃがいもは好物なので 明日からはじゃがいも三昧の日々だ。

「着払いにして下さい」 と言い忘れてしまったことを後悔している。

 

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2009年5月29日 (金)

会えたらいいね・・(328) 自己表現

知人から 演劇のチケットをいただいたので 遥々 両国のシアターΧ(カイ)まで。

お誘いをいただいた時 私にこういう演劇が理解できるか躊躇したが 
演目が 「OGURIとTERUTE」 と言うことで 以前歌舞伎で猿之助の小栗を見ているので
何とか理解できるだろうと 行ってみた。

説教節政太夫の語りと演奏、その他鳴り物、笛 などにあわせて 
演出振り付けのケイタケイを含め13人が 舞台狭しと 体で表現し語り踊る。

知人の妹さんが出演しているが 見事な演技と語りですばらしかったが
風子と同じ病気を持ったことがきっかけで この世界に入ったという。

ふと 自己表現とは何だろう・・・と考えてしまった。
実に自由で (もちろん振り付け、演出はあるのだが) 体全体で役にぶつかっている。

風子は 邦楽の世界に何十年か席を置いていたことがあった。
それに先立って 師範試験を受けた時 その講評は 「沈着冷静な演奏でした」 だった。
その時は 楽譜に忠実に間違いなく弾けたということで 自分ながら満足していた。

その後 大小の舞台に何回と無く立ったが 間違わずに弾けたという感はあっても 一度として思い切って演奏できたという満足感はなかった。
いつも 独奏ではなかったということもあるが 楽譜に忠実に乱さないように最新の注意を払って 感情移入など許されない世界だった。
最近は 邦楽も現代邦楽や新曲の世界で プロの演奏家は個性的に成っているが・・・。

いつか自分なりの演奏をしてみたいと思っているうちに この持病になり
心の何処かで もう一度・・と 夢のようなことを考えては見るが もう有り得ない話で ただ弾くことすら出来無くなってしまった。 

何年か前から絵を描き始めて 今は最近お教室を離れて 誰の目も気にせず好きなように描いている。
やっと 少し自己表現が出来つつあるかなー?と 感じている。

多分 絵は楽譜がないということが自由で 自分には合っているのかも知れない。
いつだったか 先生のおっしゃることが理解できなくて 
「それなら 何でも有りなのですか?」 との疑問に
「そうです」 といわれたことが 好きなように描くきっかけになっている。

まだしっかり見る目を持たないうちにあまり自由になりすぎて 最近軌道修正をしなくてはと思っている。

Dscn2302_2

 

 「緑の記憶 (09)」

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2009年5月21日 (木)

会えたらいいね・・(327) 絵と K先生

絵を描くということを始めたのは ほんとうに偶然の出会いで 中学の授業以来4?年ぶりのことだった。
ましてや 油彩など考えてみたことも無く こうして50号などという大きなカンバスを目の前にして展覧会に出品するなどということは・・・ 。

そもそもの出会いは カルチャーへ他の用事で出かけ 壁掛かっていた K先生のデッサンに魅了されたことから絵筆を持つことになった。

独特の削り方の鉛筆も手の不自由さから 削ることが出来ず先生にお願いすることから始まった。
面倒見のよい方で 生徒と同じ位置でフレンドリーな教え方のため 風子は言いたい放題を言って 困惑させていたようだ。

3年ほどお世話になって どうしても先生おっしゃることが理解できず 「止めてみたらどうですか?」 という言葉に 意地もあって止めてしまったが 何ヶ月かして淋しくなって居た頃 「アトリエへ来ませんか?」 というお声に 待ってたかのように飛びついた。

すっかり腹のうちを見抜かれていていたのだ。
それ以来 お世話になっていたが 去年4月からまた虫が騒ぎ出して もう一年以上も休んでいる。Img_1552

今回の県展入選通知をうけて 早速メールを入れた。
急に降ってわいた手術などもあって 描く時間が無く出品は見合わせようと思っていたが
 手術を知らない友人は 展示されなければ落選と思うだろうし それだったら未完であっても 出品して落選のほうがすっきりする。

去年も 先生にはお見せしないで勝手に出してしまったが 今年は それ以前に描きあがってないまま出品した。 
先生は ことのほか喜んでくださって 「実力です」 とメールをくださった。
自力で描いたには違いないが 先生のアドバイスをいただかずに描けるようになった力をつけてくださった事に心から感謝している。
どちらが先生か分らないような失言ばかりで それでもいろいろなところで引き立ててくださっている。

頂いたメールを何度も繰り返して読んでいると 胸に熱いものがこみ上げて来る。
今回の入選が風子にとって やっと自信をもてる入選になった気がした。

素晴らしい先生だと思っている。
初めて絵を描き始めた時から 惜しげもなくご自分の持っている知識を分けてくださった。
テーマが難しくて離れていった仲間も多いが 食いついてきて良かった。

先生としてではなく 同じ絵の仲間のように話してくださることが嬉しくて ついつい生意気なことを言ってしまうが これからも風子にとっては ただ一人の師として 教えていただこうと思っている。4e3fb1f10d064cb0b159db48ba63e7332_2 

手が使えるようになったら 絵を再開しよう。

今回の入選の絵を どう批評してくださるか楽しみだ。
きっと いつものように 「いいじゃないですかぁー」 と。
「どんな絵でも 必ずいいところはある 」 というのが 先生の持論で けなさないのが先生流だから・・・。

上  57回入選
下  58回入選

59回は これから展示

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2009年5月17日 (日)

会えたらいいね・・(326) もう ひと花・・・・。

去年から咲き続けてくれた花たちが そろそろ夏の花に席を譲る時がきた。
この時期が 一番こころが痛んで 揺れるのだ。

咲き乱れてお行儀が悪くなり 身を投げ出して ご自由にどうぞ・・・と言ってみたり 今まで楽しませてあげたのだから もう少し命を永らえさせてください と懇願しているようにも見えてくる。

その姿に情をかけて 愛おしさが募って あるがままにしておくと 毎年植える時期がずれてしまって 夏の花の命を短くして後悔する。

思い切って 心を鬼にPhoto_3して身を引いてもらうことにした。

Photo_2  Photo_4

この他に ワインの樽にもうえてあるので このように咲いている時は見事なのだが 処分するには 大変な作業になってしまう。

まず 命をつなげられる花たちを切り取り あるだけの花瓶に差すのだけれど 勝手な方向に乱れてしまっているので 納めるのに一苦労する。
それでも いっ時 室内が花でいっぱいになり うきうきした気分になり それなりに楽しませてくれる。

もうひと花 咲かせた。

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